「百年の孤独」 G. ガルシア=マルケス (著), Gabriel Garc´ia M´arques (原著), 鼓 直【 bk1 / amazon / Yahoo! / 旭屋 / Jbook / 紀伊國屋 / 楽天 / skysoft 】
読了。頭がくらくらする。至福。また再び、こんな体験が出来る本が、この世にあるんだろうか? あるんだろうけど、出会えるのだろうか。
最後の70頁を読むのに、たっぷり160分かかった。これでも先が気になるから、かなりスピード出して読んだのに。……ああ、もったいない事をした。終わりなんて、急がずとも必ず来るのがわかっているのにな。
「百年の孤独」 G. ガルシア=マルケス (著), Gabriel Garc´ia M´arques (原著), 鼓 直【 bk1 / amazon / Yahoo! / 旭屋 / Jbook / 紀伊國屋 / 楽天 / skysoft 】
ここ数日、何度か書き始めては書けなくて止まっているのだが、今ちょっと疲れでハイな勢いで書いてみよう。
この物語を通して、何が書かれているのかといえば、まさに人生そのものなんだろうなと思う。南米コロンビアの未開の地に、マコンドという町を作ったブエンディーア一家が、町と共に滅び去るまでの百数十年間に起こった、様々な出来事。沢山の子どもが生まれ、やがて死んでいくまでの物語。思い起こせば、本当に色々なことがあった。そんな事柄全てが、死と忘却を経て、最終的に風と共に塵に返っていくのだ。
人間、死ぬときはみんな一人だ。どんなに愛し合ったり、憎みあったりしても、死は、その全てを無に返す。ただ、生きている人の中で、記憶として残るけれども、それすらやがて忘却の彼方へ消えていくのだ。この本のタイトルが示すとおり、百年もの月日を、文字通り数えきれない人々が通りすぎていったけれども、どの人も、最後には孤独だった。だったら、人生は空しいという物語なのかといえば、全くそれとは逆のことが書かれているのだと思う。
この小説の何がすごいといって、エピソードごとのディティールの細かさ、密度の高さだ。一つ一つのエピソードは、本当に短くて、大抵は数頁ぐらいのものでしかない。なのに、それぞれが印象的で、それぞれが奇妙な味わいで、どれも「同じような」エピソードはない(意図した反復はあるけれども)。同じ名前の登場人物たちも、誰一人として同じ性格の者はなく、読んでいる途中で混乱しても、読み進むにしたがって、誰の事だかを正確に思い出す事が出来るのだ。これは本当にすごいことだ。例えば、メメの恋人、いつも黄色い蛾と共にある青年のエピソードなど、登場から退場までほんの10ページであるにもかかわらず、マジで泣きそうになったよ。
ブエンディーアの家の者は誰もが、なるべくして不幸になる。そして、この物語は、基本的にはこの「家族」しか登場しない。この家の者は、周りにあるものを全て取り込んでしまうのだ。家族を支配するのは、縛り付け、従わせる愛。柔らかく、包み込み、受け入れる愛はないような気がする。
だから、「はじめて愛によって生を授かった者が出現したとき、メルキアデスの羊皮紙の謎が解読され、ブエンディア一族の波瀾に満ちた歴史が終る。」というのは私はあまり腑に落ちなくて、最後に残った者が、「友だちなんて、糞くらえだ!」と叫んだことに意味があるような気がしている。上手く説明できないけれども。
これを読むきっかけとなったのは、「マジックリアリズムって何ぞや?」ってことだったんだけれども、読んでみてわかったかと言われると、うーん。『百年の孤独』が「マジックリアリズム」であるとすれば、それはこの本唯一のものであって、似た物の存在も許されないような、それぐらいこの本は大きくて、迫力がある。存在する事が一つの奇跡だ。
殺したはずのものが、殺人者の前にあらわれ、木に縛り付けられたまま、飲まず食わずで延々と生き続ける者あり、シーツと共に昇天する絶世の美女あり、自らの危機を確実に予知し、避けることができる者あり、空飛ぶ絨毯あり、大きな磁石あり。それらは物語に非常にナチュラルに登場しながら、例えばマコンドに引かれた鉄道と同じように、奇妙なのだ。その匙加減の自然さが、すごく気持ちいい。何が魔術で、何が現実かの物差しを、読み手は常識や科学知識で判断するけれども、登場人物たちもそれぞれの不思議判定物差しをしっかり持っている感があって、だから安心するのか。物凄くしっかりした造りになっていると思う。
あと、マジックリアリズムっぽいものとして、池上永一『風車祭』や伊井直行『濁った激流にかかる橋』が例に出されるけれども、マジックリアリズムであることと群像劇である事には、何か親和性があるのかね? とか。
まあ、思いつくままだらだら書いてしまったけれども、いやもうこれは、オールタイムベスト1。読んだ直後だからそう思ってしまうのかもしれないが、これに並ぶ物なし! 読めて良かった、本当に。
全体的には、全く堅苦しくなく、物凄く読みやすかった。思わず吹き出してしまう場面も多々あり(大佐の処刑のシーンとか)、印象としては、まるっきり漫画。はてなの方にも書いたけど、ノリとしては『うる星やつら』的。ヘンな人が登場して、それに引っ掻き回されることの繰り返し。サザエさん的な世界ではなく、時間も進むし、人は生き老い死ぬので、その分シリアスになるけれども、ああいった漫画が好きな人は読んでみると楽しめるかも。まあ、何にしろ、ザッツエンターテインメント!で、ノーベル賞万歳であります。
とりあえず、図書館で『族長の秋』を借りてきた。でも、なんとなく『ドン・キホーテ』が読みたくなって。古本屋で全集の1冊ものが200円だったけど、それは訳が古かったので、今日岩波全冊揃い1200円を買ったら、また別の新訳の方が評判がいいらしい。うーん、もう1バージョン買うか?

縞三毛さん。そういう季節なのか、抜け毛がすごかった。
近所一帯を歩き回るが、牛島訳の新版岩波文庫『ドン・キホーテ』は見つからず。うーん。おとつい会田訳の学研世界文学全集1巻ものを200円で買い、昨日永田訳の旧版岩波文庫6冊揃いを1200円で買い、これ以上買ってどうするかとも思うんだが、永田版は「すゝむ」とか、「なか(へ*2の繰りかえし文字)」とか、そういう感じだからなあ(´・ω・`)。素直に最初から新刊で買えば良かったのだが、これぞ安物買いの銭失い。
5月9日に仕込んだ苺酒を、やっと漉した。残った苺は加熱してジャムに、なるのかなあ。ペクチンが少ない感じなので、シロップとしてヨーグルトに掛けるのがいいのかも。あ、でもちゃんとジャムになった。なんとかなるものだ。
苺酒は度数の割に飲み口が良すぎて危険〜。まあ、一人酒はしないので、滅多に飲まないだろうけど。
楽日をWOWOWが生中継したものの録画をC宅で。手土産はチーズケーキと苺酒。ヒヨコマメとチーズと茄子をいただきながら、見せてもらった。ごちごち(゜Д゜)。
やー、ミュージカルをまともに(録画だが)見たのは初めてだったんだけど、面白かった。3時間強の長丁場、だれません。登場人物が多いけど、キャラがそれぞれ立っていて、混乱する事もない。
ミュージカルって、結構おもしろいやん!と思ったけど、はずすと恐ろしいことになりそう。『オケピ!』はすごくよくできていたと思う。こういうのなら、見に行ってみたい!
……しかしまあ、気ばかり急いていて、ちっとも落ち着かなかったので、誘ってくれてありがとう。食べ過ぎによる胸焼けも直ったし、ふうう(--)。
八百屋で梅が安かったので、とりあえず、ヘタ取り、水洗い、乾燥中。容器も熱消毒。1Lの新品と、苺酒を退役した壜。
明日はブランデーを買ってこよう。今日はVOが1升1980円だったんだけど、手持ちが千円しかなくてね……。そろそろ月末進行だからな。それでも季節ものだから、漬けちゃわないとね。
ベースをVOにして、ウォッカで度数を上げて、糖分を下げようと計画。初心者がそんな邪道をしていいのかどうかはわからないが、まあ、実験。
「800」 川島 誠【 bk1 / amazon / Yahoo! / 旭屋 / Jbook / 紀伊國屋 / 楽天 / skysoft 】
日曜日に青山ブックセンターで、文庫週刊売上ベスト9に入っていて、無茶苦茶びっくり。今月で文庫化1周年なんだけどな。ちなみに5月で7刷でした。……そりゃ、新刊も出るわな……(*1)。
そもそも、難しい事は全然ないし、素直に直球でズバンといい小説なので、読めば気に入ってもらえるレベルだと思っていたから、そーでしょそーでしょ?という気分なんだけど。どんなに内容がいい本でも、媒体がどういうものかで、これだけ売上が違うってのを、こうも見せ付けられると……。まあ、値段が違うってのもあるだろうけどなあ。
何にしろ、すごいなーと。本当に。
会社へ行く道にある豪邸で飼われているらしい、フサ猫。白い長毛は外に出すと汚れやすくて大変そう。よく見かけるんだけれど、触ったのは初めて。どっしり座って、ちっとも動かない。
すみません、一旦ページから下げますm(__)m。
今日、ブランデーとハチミツで2壜漬けました。メモ。
私は、生きている奴が見える限り炊き続けます(^^;。我が家のゴキブリ侵入は3度ありまして、1度はつくばのアパートで、家の使っていないファクシミリを送ってもらったら、そいつがミニ誤記の巣だったらしく、えらいことになった時。2度目は今の部屋で、玄関先に出しておいたゴミを、ゴミ捨て場に出し忘れたので、土間に引っ込めたら、一緒についてきてしまった時(以来、絶対ゴミを玄関先に出すことはしない)。で、3度目は、なぜかトイレとか風呂とか、水周りに死にかけか死体が転がっていた時。これは多分、余所の部屋で燻り出されて、排気管か何かを伝わって渡ってきたんでしょうが、この時も炊きましたとも。
とにかくコンセプトは、1匹見たら30匹いると思え、生きている奴は皆殺し、"THE GENOCIES"です。見えなくなるまで、ひたすら、金と時間が許す限り何度も、ほぼ毎日炊き続けます。そしたらいなくなりました。ここ数年見てません。
問題は、バルサンにしろアースレッドにしろ、結構高くつくというのと、人間の身体にもあまり良さそうじゃないって事で。ま、そんなの誤記の恐怖に比べれば、些細な事ですよ(゜∀゜)。ここまでするかどうかはともかく、ご健闘をお祈りしております。

朝、駅に向かう道でパシャッと。最近猫遭遇率が高くて嬉しい。
「ドン・キホーテ〈前篇1〉」 セルバンテス (著), Cervantes (原著), 牛島 信明【 bk1 / amazon / Yahoo! / 旭屋 / Jbook / 紀伊國屋 / 楽天 / skysoft 】
金曜日に会田訳を買い、土曜日に永田訳を買い、結局図書館で借りた牛島訳を読んでいるんですが(iДi)。アホか、私。
他のはほとんど開いていないんで比較できないんだけど(わ、旧かなだ!と驚いて閉じちゃった)、牛島訳は確かに読み易い! スポンジに水が染みこむ勢いで、頭に入ってくる。知らない固有名詞が頻発しても、巻末の注なんて読んでいらんない。ともかく先へ先へ読み進むのだ。
古典古典って言うから、堅苦しいものだと思っていたら、意外に軽い話……なのかな? 私は『ドン・キホーテ』は滑稽話だと思っていたんだけど、結構きちんとした「本当に狂っている人」の話なので、戸惑い中。ドン・キホーテの(誇大妄想というレベルよりも、もっと根本的な)狂いぶりが、真に迫っていて、綿密に描かれているものだから、単純に面白いと言いきってしまうのにも抵抗がある。
そうだな、内側から狂気を描いているのなら、こんな抵抗はないかもしれない。が、この筆致は、狂気を外側から描いていて、だからひっかかるのだ。と思う。狂人を、外から笑い者にして、「面白いでしょ?」と言われる感覚。……、でも、面白いんだよ、これが。ちゃんとしたエンターテインメントしているから、尚更抵抗が……。
にしても、これ、16世紀の小説なんだよな。すさまじい、本当に。『ドン・キホーテ』は、残るべくして今の世に残ったんだと納得する。時の流れの中で消えていった名作が、きっとこれ以外にも沢山あるんだろうなあ。
とりあえず、読みつづける。全6巻もあるし、先は長い。
「もういちど走り出そう」 川島 誠【 bk1 / amazon / Yahoo! / 旭屋 / Jbook / 紀伊國屋 / 楽天 / skysoft 】
解説が重松清。いやあ、さすがは重松清。完璧。職人。
でも、多分買って読むんだろうか、私、この本。最後のページをぺらりと見た時に、やっぱり「ぶふっ」と鼻息が出てしまう〜ヽ(`Д´)ノ! もしかして、私はおいどが苦手なのではなかろうかと思いついたら(そんなシーンがあることすら忘れていたけど)、結構信憑性があるような気がして鬱(ていうか、お下劣だわ、この発想。でも笑うって!)。
でまあ、川島誠と重松清は、1992年から1999年ぐらいまでの随分長い間、私の中ではセットだったもんだから、この組み合わせにはちょっと萌えたり萌えなかったり(注:私にやおい属性は全くない)。変な気分。
ちょうどニュースな本棚で、「青春童貞ライ麦畑」なんて記事があがっていて、そうそう、私にとってこの二人がもろにコレだったんだなあと。当方女子ですが。
高校1年で読んだ一番すごい本が神林長平『プリズム』で、2年のベストが重松清『ビフォア ラン』で、3年のベストが川島誠『800』だった。……なんて真っ当な高校生だったんだろう……(--;。
あれから、十年も経って、年を取り、当時『800』と同じ高校生だった私も、ついに『もういちど走り出そう』な年齢に近づいてきたわけで。そう思うと感慨深いんだが……、こ、こんな29歳、本当にいるのか〜(;´Д`)?? まあ、私の世間は狭いから……。ていうか、超バブリーなんですが、いいのか、未だにこんなん出して。そう言えば、妹の彼氏が歯科医だし、もしかしたら、こういうスゴイ人種が身内に誕生するかもしれないとか言ってみるテスト。
しかしあれだ、私は1週間後、この本をどんな気分で手にとっているのだろうかと、感傷的に流れて終了。