……すごい映画を見てしまいました。
ひたすら不幸な映画。徹頭徹尾ただただ不幸。鬱な人や、身近で不幸があったりした人は、見ない方が無難。人によっては、私の不幸なんてまだましね、なんていう癒しの効果もあるかもしれないが……。いやはや。
見るのであれば、予備知識なしの方がいい。公式サイトの予告編ムービーは面白いので、見る気がない人も一見の価値あり。
以下ネタバレ。だけど、見る人はいないだろうから、反転はしません(--;。
見に行って良かったかといえば、非常に良かった。こんな映画、ほかには絶対にありえない。決して楽しくはなかったが、非常に面白かった。画面が無茶苦茶上手く作られていて、全てのシーンが、まるで1コマ漫画みたいなのには感心する。
これがどういう映画なのかは、教会のシーンに集約されている気がする。
主人公(?)「店が火事で焼けてしまって、息子は心を病んでずっと入院しているんです」カメラは据えつけかと思われるほど動かない広角の画面。そこではいつも何らかの不幸が展開されている。皆が悲嘆に暮れ、我が身を嘆き、やり場のない怒りに打ち震えている。これが前景。その光景をなめる形で、彼らの背後でも、また違った不幸が進行し始める。やがて、前景の人々がそれに気付き、今度は彼ら自身が不幸の傍観者になるのだ。その繰り返し。
神父「私なんて、家が4年も売れずに、大変困っているんだ。40万の大損害だ」
男「それは大変だ」
この時、どちらの方がより不幸か、という比較は行われない。前景の不幸の方が、傍観者にシフトする事によって、やや救われる感じはするし、幾分ブラックな笑いも生まれる。だが、それによって、不幸のインフレが起こるわけではない。みんな不幸、それぞれに不幸。視点を変えてみれば、それなりに幸せなのかもしれないけれども、彼らは誰もが例外なく自らを不幸だとひたすら思っている。だから、みんなみんなみんな不幸なのだ。
一見不条理映画のように見えなくもないが、決してそうではないと思う。不幸は、自業自得のこともあるけれども、大抵は突然で、いつも不条理なものだから。わけのわからない儀式的な風景も、それが不条理であることは必然だから、これは不条理映画ではない(と思う)。丁寧で誠実で切実な映画なのだ。
さらにすごい事に、本当にだーーーーーーーーーーーーーーれ一人として幸せな人が登場しない。17日、この映画と一緒にオールナイト上映された『不思議惑星キン・ザ・ザ』(ほか1本)では、終盤に「相対化」が行われるが、この映画にはそういったことはみじんもない。『散歩する惑星』は、隅から隅まで不幸に満ちている。冒頭で700人のリストラを決行した資産家は、大量の荷物をワゴンに載せて、逃亡しようとする。果たしてそれは、一体「どこ」へ? 自らの店に火を放った主人公は嘆いて言う。「逮捕されて、全てが終わる筈だったんだ」……。
こんな映画を作る事ができて、上映することができるというのは、本当にすごいことだと思う。完成度は物凄く高い映画だ。楽しさを求める人には駄目だろうが、一見の価値はある。
いやしかし、スウェーデンも大変だなあ……(´・ω・`)。
普通。最近特に話題になっているので、どんなユニークな作家なんだろうと思って読み始めたんだけど、個性が見えなかった。「冲方丁」がどんな作家なのかが掴めない。まあ、短篇1本だから、そんなものかも。JAで出ている長編(未読)のサイドストーリーだからということもあるだろうけど、世界観がよくわからないので、最後の大技もピンとこなかった。
でも、非常に読みやすかったし、映像的なイメージもきれいに展開できた。こういうところがユニーク、なのかも。
……これは……。直球すぎて個性が見えなかった「マルドゥック」とは逆に、無茶苦茶過ぎて個性どころの話じゃないという感じ。積極的に合いませんでした。読み進めば読み進むほど、げっそりしていって、オチでぐったりしました。
以下、ネタバレ反転【
まるで「昔話」であることに説得力を感じられなかった。メタテキストが、解釈される過程で、里緒にとって既知の「昔話」の枠を借りて現われるのかというと、知らない話が出てきているので、違うのね。これがもっと超越した、人類に共通するものだとすれば、日本では紹介されていない昔話が、それこそ世界には無数にある筈。ならばわざわざ「昔話」なんていう枠に含める必要はないと思うんだけどなあ。
「三年間付き合って初めて見る御村の白昼夢だった」と言われた後で、「標的とともに時間を過ごして白昼夢の出現を待つには恋愛関係を結ぶのが一番」というのは、変じゃない? 「しかし今までこんなに切羽詰まったことはなかった」という書き方だと、毎度こんなことをしているように見えるけど、既に「ニ、三日も行動をともにすれば相手のバイオリズムに同調して白昼夢を現出させることができる」んだし、「いずれの仕事も危機的な状況を予感するまでもなく短期間で終了し」たんだったら、そんなリスクの高い手続きを踏む必要はないし、単に近づけばいいのでは。濡れ場を作りたかったがための、小説側の要請に見えちゃう。
しかも、こんなことをしてまで?(--# 無理矢理にも程って物が……。物語内での必然性、必要性はあるの? 小説としての必要にとらわれすぎてやしないかい?
まー、私が女だからかもしれないし、ラストのアレについては元々忌避感が強いので、そのせいかもしれないですが、男性的にはOKなのか? 萌えるのか? 一部比喩にも「?」と思うところがあったけど、読みにくくはなかった。
これは非常に素直に無茶苦茶面白かった。アルのキャラも立っているし、殺しに関するトラウマの処理もしっくりくる。直前に読んだ「マルドゥック」でも似たようなネタがあったけど、こっちの方が物語とキャラクターに自然に絡んでいる感じがした。舞台も既知だし、錬金術的世界もイメージしやすかったし、名前に関する笑いも効いていて、全体的な雰囲気も好き。形も綺麗。
ぎゃーっ、会社に『百年の孤独』忘れちゃったよ〜ウワァァァァン!!! ヽ(`Д´)ノ 明日は、社外作業で直帰、そのまま叔父宅に宿泊で、本読み日和だってのに、ウエエン・゜・(ノД`)・゜・。
いっそ、家系図付きの本を買ってしまおうか。