原書は1954年。
【bk1のレナード・ウイバーリー】
=>『小鼠 月世界を征服』『小鼠 ウォール街を攪乱』『小鼠 油田を掘りあてる』
「大統領閣下」彼はやっと口を開いた。「われわれは現在、ある国と戦争状態に入っております。全然気がついておりませんでしたが、戦争になってからもう相当日時が経っているようです。また相手国の遠征軍は警報発令中にわが国に侵攻し、ニューヨークを攻撃、戦果を得て成功裡に退却したのです。事実、大統領閣下、われわれは単にこの国と戦争状態にあるのみでなく、この国が戦争に勝ったのだとわたくしは考えています。合衆国はその歴史を通じて、はじめて敗北したのであります」人口増加に喘ぐ小国が、外貨獲得のためにアメリカに戦争をしかけ、まんまと勝利をおさめてしまう話。
たまたま検索で行きついた化夢宇留仁さんの感想で面白そうだと思ったのが金曜日。翌日土曜日に近所のブックオフでこの『小鼠 ニューヨークを侵略』と共に、シリーズ第4作『小鼠 油田を掘りあてる』をゲット。これは神の思し召しと読み始めたところ、無茶苦茶面白かった。名作だと思うなあ。
グランド・フェンウィック大公国は北アルプスにある長さ5マイル幅3マイル(8km*5km)の小国である。600年もの間、農業を中心とした自給自足で平和に暮らしてきたが、人口が6千人にまで増加し、財政は限界に達していた。外貨を獲得する手段といえば、良質なワインしかない。そこで、ワインを水で割って量産して、難を凌ごうとする「水割党」が出現し、それに反対する勢力とで議会は二分される。一計を案じた22歳の大公女グロリアナは、アメリカから借款を勝ち取るため(だけ)に、国が共産主義に侵略されるような芝居をうとうとする。しかし、共産党首にとスカウトした国一番の変わり者の青年タリイは、逆にアメリカに宣戦布告することを提案するのだった。
とにかく爆笑の連続。ユーモア小説って、こういうもののことを言うのね。グランド・フェンウィックには海がないから、遠征隊(20人!)は、マルセイユまでまずバスで移動。その後帆船に乗って、ずんどこずんどこニューヨークへ向かう。戦争なんて建国以降はしたことがないので、武器といえば14世紀の大弓だけ。もともと戦う意図なんてからっきしなかったのに、不幸な偶然(これがまた)で本当に戦争に突入してしまい、戸惑いながらもタリイの機転で勝利を勝ち取るまでが、おかしいったらない。さっさと降伏して(日本のように)戦後復興の援助を受ける筈が、勝ってしまっては、グランド・フェンウィックも困るし、アメリカもとても困るのだ。
その頃、アメリカでは大陸一つを丸ごと滅ぼせるQ爆弾の開発に成功していた。折からの冷戦で、人々の不安は高まり……というところが絡んで、この爆弾をめぐる後半の展開は、ややシリアスになる。強大な力を持つ大国の前で、拒否権も何も持たず、ただ巻き添えになって滅ぼされるかもしれない小国の憂鬱……。力を力で制することが本当に正しいのか、それ以外に道はないのかという真面目な問いかけ。でも、そこはグランド・フェンウィック、おおらかな機知で潜り抜ける。
そして、22歳の大公女グロリアナのキュートなこと。柘榴が大好物で、いつも国を自転車で掛け抜けるおしゃまさんが、いざ国政の場ではきりりとした女王を演じる。タリイも切れ者でありながら、ちょっと大胆に過ぎるところが良いですな。そのほか、大公国の閣僚も魅力的で、絵に描いたようなハッピーエンドも、幸せになれます。
25年前の本(私が買ったのは87年6刷)ということで、四冊のシリーズの残り『小鼠 月世界を征服』『小鼠 ウォール街を攪乱』を見つけるのは難しそうだけど、図書館で借りて読むつもり。しかも映画化もされていて、『ニューヨーク』は『ピーター・セラーズの マウス』、『月世界』は『月ロケット・ワイン号』とか。これも見たい! TSUTAYAにあるかなあ。
映画『ピーター・セラーズのマウス』について:チャリング・クロス街99番地/カフェ・ド・フィミィ/初心者でーす☆よろしくー(^0^)。国の成り立ちとか、女王に夫君がいたり、伯爵が……とか、ちょっと設定がかえてあるみたいだけど、やっぱり面白そうだ。
NHK、無茶苦茶タイミング良く、リアルタイムで飛行機が突っ込むところが……。しかもペンタゴンまで燃えているし、わーーーーーー。呆然。計画的やん。ぞっとする。
……『小鼠 ニューヨークを侵略』は9時台にはUPしたんだけど、タイミング良すぎ?……じゃなくて、悪すぎる。これじゃあまるで戦争だ。次々……。
……『小鼠』、いたたまれなくなってきた。引用文が、特に(^^;;;;。ああ、明石の事故の後、ドミノ倒しの放送を取りやめた局ってこういう気分だったのか<多分違う。つーか、どれくらいの人が死んでいるの? 想像もつかない。恐ろしすぎる。
「世界で一番重圧を与えるものが、一番尊敬を受ける。これはすべてに認められている一つの国際的法則ですよ。たとえば、ベルギーやアイルランドやグランド・フェンウィックが破滅させられるより、合衆国が破滅させられるほうが、あらゆる自由民にとってはるかに悲惨なことになるのを、あなたも認めると思うが」うわーうわーうわー。読み返してみると、無茶苦茶恐い。洒落にならん。しかし、名文ですな。
「なるほど。しかしベルギー人やアイルランド人やわが国民はそう認めんでしょうな。……」
『小鼠 ニューヨークを侵略』、25年も前に発行された本を、つい5日前に知り、4日前に手に入れ、まさに昨日という日に読み終えたこと。そんなのはただの偶然に過ぎないし、私は何ら運命とかいったものは信じないんだけれども、でも全てが偶然だと思えばこそ、縁の力を感じたりするのだ。昨日が、この本を無邪気に楽しむことが出来た最後の瞬間だったのかもしれない。あの感想は、事件がおこる1時間前に書かれたものなので、あと2時間遅ければ(生で2機目の激突を見た時は、管制が狂ったのかと思った(^^;<をい)、何も書けなかっただろうと思う。
この小説は、教科書にぴったりだと思うよ。それは良質なお話だということに加えて、ある意味良い子ちゃん的な楽観主義と希望に満ちているから。でもちゃんと、その平和が、非常に危ういバランスの上に辛うじて成り立っていることまで描かれている。今にも充分に通用する、むしろ今こそ読まれるべき名作なのかもしれない。
今回のテロも、誰が何を目指してやったものにしろ、変な言い方だけれども、その時は彼らの側に何らかの正義があったのだと思うのだ。それがどんなに我々にとっては理不尽に思えるものであっても、彼らにとっては命を掛けるべき何かが。それを知らないことには。だから勝手に「自由に対する挑戦である」なんていわれるとむかつく。アメリカ=自由=善だと思っている、その傲慢さを攻撃したかったのではないかなあ……なんていうことは想像に過ぎないのだが、別に「自由」を攻撃したわけじゃないと思うよ。自分の胸に聞いてみればいいのに。犯行声明なんて出ないのかもしれないから。
いずれにしろ、犠牲になった人々の多くは、そういったイデオロギーなどほとんど関係のない方ばかりで(当然それによる恩恵や、同じくらいの束縛もあるのだろうけど)、ただたまたま偶然そこにいたに過ぎないのだ。まったく惨いとしか言いようがない。惨状を伝える映像やニュースに触れると、言葉を失ってしまう。たとえどんな正義であろうと、このやり口は認められない。過去に彼ら自身が同じような攻撃を受けていたのだとしても、か。そして、もしアメリカが無差別テロに無差別攻撃や戦争で報いるようなことがあれば、それほど無意味なことはない。そこまでアホではないと思うけど、ブッシュ……。
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ハッピーエンドの物語がお好みの方には、本書はおすすめできない。ドキドキはらはらが苦手という方も、おやめになるのが身のためだ。
なぜなら本書は、ビーチで遊ぶ三姉弟妹に、世にも恐ろしい知らせが届けられると、あとはみじめでイバラ、不幸のオンパレードだからだ。知恵と勇気で悪の魔の手と立ち向かう子供たち。しかし、ああ、なんたること! その結末は……申し上げるまい。ただしもちろん、ハッピーエンドは、なしだ。
という見返しの言葉に惹かれて読んだ。確かにそう、運から見放された子供たちに、次々と不幸が訪れる。子供たちは、理不尽な恐怖にさらされながら死力を尽くすが、すんでのところで報われない。なるほど、宣伝通りであることは認めよう。だが、敢えて言おう、「こんなの違う」と。
酷いと言ってもまさかこうはならないだろうと思えば、必ず事はそちらへ転ぶ……ということの連続。あまりと言えばあまりに惨い展開に、途中で読むのをやめようかと投げ出しかけたことも何度か。それでも読みきったのは、話自体が非常に短いのと、それからやっぱり、ラストまで読めばこの不幸に、ハッピーエンドはないと宣言されているにしても、何らかの救いが訪れるのではないか、と思わずにはとてもじゃないがいられなかったからだ。少なくとも、どん底の痛すぎる状況のまま、この話をストップすることはできなかった。そういう意味でも、ハラハラドキドキは決して嘘ではないのかもしれない。
現実の事件で、毎日散々どうしようもない状況は見せつけられている。だからなおさら痛みに対する耐性は低くなっていたはずだ。ではなぜこんな本を読んだのか。上の見返しの続きはこう結ばれている。
アメリカをはじめ、世界中でハリー・ポッターと並ぶ超人気シリーズ。頁をめくる手をとめられないことまちがいなしのベストセラー、ついに日本上陸!まあ、ハリポタと並ぶというのがどの程度なのかはともかくとして。単に不幸というだけだったら、そんなに読まれることはないと思うのですよ。ましてや、アンハッピーエンドだと分かりきっているお話を。しかも子供向け。ならば、そのイヤ〜な展開をも読ませるほどの「何か」があるはず……そう思っていたのだ。
だがしかし、ただひたすら恐ろしいだけ。そのシチュエーションも並じゃない……というか、卑近な駄目パターンをありったけ押しこんだ感じ。ヴァイオレットの境遇はやりすぎでしょう。単に【親が死んで、イヤな親戚にもらわれていって、財産を奪われかけて、暴力に怯え、妹を人質に取られて脅されて、殺されかける。しかも周りの大人も頼りにならず、誰も助けてくれない】だけならまだしも、【14歳の少女に対してあからさまに性的な暴行】の可能性まではっきりと書かれている。本気で胸が悪くなった。
さらに地で、誠実にこういう最悪な事態を書こうと思っているならまだしも、それにしては冗談臭くて、胸糞が悪くなる。これ、多分ユーモア小説なのだと思うのですよ。でも、例えば、一個人の家の庭に千メートルの塔がある。ちなみにあのニューヨークのワールドトレードセンターは420メートルだ。大人であれば「千メートル」という高さが、どの程度馬鹿げているかなんてこと、すぐに気がつくに決まっている。しかし、この本の本来の読者である子供にはどうだろう。ここには、「千メートル」という数字以外、ほとんど高さの描写はない。ヴァイオレットは、自作の発明品を使って、肩に怪我を負いながら、文字通りあっという間に登ってしまうのだから、その過程に緊迫感もなければ、本当は何メートルなんだろうという推測も出来ない。うーん、多分これはユーモアかジョークだと思うんだよな。そんな庭に千メートルの塔なんてあるわけないやん、と笑えば言いの? あまりに簡単に千メートル登るヴァイオレットに突っ込みを入れればいいの?
文体も、見返しにあるような大袈裟な講談調で、時折難しい言葉にくどくどと説明が入るのが「芸」らしいんだが。平坦で、声が大きいだけという印象、狙いどころがわからない。笑うべきなのか、これは? ストーリーも文章も、ちぐはぐだ。本気じゃないんだよ、と言ってくれる何かがないから、本気で受け止めるにはあまりに惨すぎる子供たちの境遇だけが胸に突き刺さる、この後味の悪さ! 何とかしてくれ。今はとにかく現実で充分だ。
で、我慢がならず検索してみると、原書を読んだ方に不評らしい。Mikkii's World、schazzie club、Paperback Fan。結構ご近所さん同士みたいだけど、そうか、原書は面白いのか。でも、英語のユーモアなんて感じられないからなあ(T-T)。
翻訳の問題というのはあるのだろうなあ。ユーモア小説って文章が勝負だし。それに、ここのところ、質のいいユーモア小説が続いたからなあ。
シリーズ最後まで読めば、まだましな展開が期待できるのかもしれないけれども、もう読まないでしょう。最悪のはじまり……。
うん、でも確かに看板に偽りなしかもね。
帯に惹かれた。
完成度は低い。とりわけ構築には難がある。けれども、ぼくはこの作品を強く推した。何故か。あらためて考えてみると、よくわからない面もある。が、さらに考えると、なんだかわからないのだけれど魅力を感じたというのは、小説に対する最高の賛辞ともいえる。ひょっとしたら、日本語の小説の世界はひとりの新しい「才能」を得たのかもしれないとすら思う。─奥泉光氏多分地雷だと思いながらも、気になったので検索してみると、朝日新人文学賞受賞の記事が見つかった。
「水に埋もれる墓」は、作者の郷里大分県蒲江町を思わせる海辺の「浦」が舞台。一人暮らしのカヅコ婆は歩行器代わりのラインマーカーで線を引きながら歩き、石灰が切れると動けなくなる。過去と現在を行き交う老人の意識がねっとりした文体で描かれている。(朝日新聞6/8)うわ、これ、むっちゃ読みたい!!
む、ダメ読書者まっしぐらですな。
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サマーカル収容地点で一九四六年にインテリたちのグループが衰弱しきって、死ぬ寸前にあった。─彼らは飢えと寒さと無理な労働で疲労困憊していた。彼らは睡眠さえ奪われていた。土小屋のバラックがまだ造ってないので、眠る場所がないのだ。こんな状態に追い込まれて、彼らは盗みを働いたか? 滅ぼされた人生のことをこぼしていたか? いや、違うのだ!↑の翻訳者、木村浩の友人が書いたエッセイ集。こういうのを見つけられるところが役得というものなのだろう。自分の間近い死、それは数週間後ではなく、数日後に訪れるはずの死を予知しながら、彼らは壁らしきところに陣取って、眠れない自分の最後の自由時間をこう過ごしているのだ─チモフェーエフ=レソフスキーが彼らを集めてゼミナールを開き、彼らは自分が知っていてほかの人の知らない情報の交換を急ぎ、最後の講義を行っているのだ。サヴェーリ神父は 、神学大学在学中の神父は教父学のことを、宗教合同派の信徒は教義学と教会法について、エネルギー学者は未来のエネルギー学の原理について、経済学者(レニングラード出身者)はソビエト経済学の原理を確立する試みは新しい理論の欠如のためにいかに失敗したかについて、であった。チモフェーエフ=レソフスキー自身は、彼らに微視的物理学の話をする。回を重ねるにしたがって、参加者の人数は減少する─彼らはすでに死体安置室にいるのだ……
死ぬ前からすでに硬直していながらも、これらのことに興味を示す人こそが、真のインテリゲンチャなのである!
失礼ですが、あなたがたは生活が好きですか。さあ、あなたがたですよ! 「生活よ、おまえが好きだ! ああ、生活よ、おまえが好きだ!」(ソビエトの流行歌の一説)と叫んだり、歌ったり、踊ったりしているあなたがたのことですよ。好きですか? それなら、好くがいい! 収容所の生活も好くがいい! それもやはり生活なのだから!(ソルジェニーツィン『収容所群島〈4〉』新潮文庫)=>復刊ドットコム
食欲の秋(最近魚ばっかり食べてるよ)、読書の秋! ってことで、仕事倍増。ええもう今日は秋の到来を身にしみて実感させていただきました。だって、文字通り倍! 話には聞いていたが、秋ってきつい……。そんなに集中的に本を出さんでも(T0T)。夏よさようなら、秋よこんにちは。つらい〜。
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【bk1で今日泊亜蘭を検索】してみると、買える本が全然ないやん。どうするの。私も読んだことがないしなあ(^^;。
googleで「今日泊亜蘭」。
独立、自尊の道を生きた"自由人"文学者。いわゆる科学小説からSFへ脱皮して行く時代の先駆となり、日本のSFの基礎を築いた文学者の独自の生き方を追求した力作評伝。SFの金字塔『光の塔』【bk1/amazon.co.jp】の作者の人間像。仕事が多くて中身が見れず。がっでむ!
アナーキストにして語学の天才、すべてを独学で学んだ誇り高き人生。画家水島爾保布の長男に生まれ、父の友人武林無想庵、辻潤、長谷川是閑等の影響をうけ、ニヒリズム、アナーキズムに共感、一切の束縛を嫌い、府立五中も中退、独学で諸外国語、文芸を学び、SFの波到るや、その先駆者となった、明治生まれの骨っぽい人生を精密に描ききる。(帯より)
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天使のような声で歌うヒット曲「ヴァンパイア・ジャンクション」で、世界じゅうのティーンエイジャーを虜にした12歳の美少年ティミー。だがその実体は、みずからの歌そのままの吸血鬼。死の恩寵さえも得られず、ただひとり二千年もの夜を旅してきた。渇きを癒す血を、失われた過去を、そして安らぎを求めて……。永遠の少年が語る血の遍歴。伝説のロック・ホラー、ついに登場!(カバー裏表紙より)表紙がひろき真冬で何故かびっくり。ソムトウというと、u-kiさんに植え付けられたイメージが強くて、『しばし天の祝福より遠ざかり……』(『タイム・トラベラー―時間SFコレクション』新潮文庫【bk1】収録)を読んだとき、あまりの真っ当さに逆に驚いたくらいだ。今回も「ひろき真冬? ヴァンパイア? ポーの一族? おセンチ?」とイメージのギャップが。あー、これは読もう。あ、そういえば、彼には王位継承権はないそうですヨ。
とりあえずこれだけup。あと、皆川博子×佐藤亜紀の映画『魔王』話とか、千メートルの塔話とか、肉体労働疲れで、後日。
祝!!と言いたいところだが。
……\
こんなところで誤植するなああぁぁあああ!!(号泣)
内容に関わるものじゃないけど、ま、間抜け過ぎるし、Web的には無茶苦茶痛い!! 決め台詞でずっこけてどうするよ。
気を取りなおして、向井さんのマネ。
うーん、イメージと違うッってのは抜きにしても、この表紙の白衣のみすぼらしい感じの男、物理的に「この小説の主人公」がこんなに陰気臭いことはあり得ないんじゃないかな。まちがっとるよ! と思った。「この小説の主人公」じゃないなら、まー、ありかもしれないとも思うけど。あー、白衣着ているから、これはこれでいいのか。肉西瓜もあるし。敢えて表紙に持ってくる意図はわからないけど。どうせなら売れる明るいキャラクターにして欲しかったよ(T-T)。問題は、この表紙の兄ちゃんを見てから読む人がどう感じるか、だな。上手い具合にリードされることもあり得ないとは言えなくはないなーと無理矢理自分を納得させてみる。
「彼女」は全然イメージと違ったんだけど、まあ、マイイメージですから。ちなみにイルカを連想する顔って、「小さな目が離れていて、額がせり出している」だと思っていたんですが、違うのかな? あ、そうなってなくはないね。クラゲはもっと触手がワシャワシャした、へろんとしたやつかと思っていた。自走式モップみたいな。だって、このクラゲ、あまり掃除が上手そうに見えないのは大問題。
とかまあ、モノを手に取るまでにワンクッションあったので、冷静に許容範囲内だと受け止めたのでした。うむ。
挿絵は、……卵坂だけ何とかならんかったものか(T-T)。クラゲの輪切りは素敵です。最後の挿絵も、(何の変哲もない)構図はイメージ通りで「おお!」と感激したのですが、ここは掌で雨を受けながら、絶望的な泣き笑いをしてくれなきゃ(T-T)。
←ちなみに、旧版の表紙。何の変哲もない、あっさりした表紙だと思わせておいて、全て読み終わった後に見返すと、「ああ」とため息が出る仕掛けになっているんだよなあ。『クラゲ』はその小説本体だけで、物語の実体と表現の形とが、完全に必要充分にびったり重なり合っているものなので、イラストが付くとしたら、どうしたって余計になってしまう。でも、この表紙は、決してでしゃばることなく、それでいてきっちりと作品を表現していた。こんなの真似しようにもできない唯一の形だろう。
杉並太郎さんが『昔、火星のあった場所』を「うーん、よくわからなかった。ヒラマドさんのイレコミ方とかわからん。が、もしかしたら「くらげの海に浮かぶ舟」を読んだらわかるのかも。 」とのこと。多分、わかると思います(^^;。私は『クラゲ』を先に読んだので。
北野勇作の長篇では、『クラゲ』が一番ピントを合わせやすいと思います。ちゃんと切り替えポイントが明示的に示されているし、正解したらそれと分かるので。ただ、それでも傾斜が厳しいので、スイッチバックしないと、山頂まで登れません。でも、レールはちゃんと用意してある。ふもとを一周するだけでも楽しい小説ですが、てっぺんからは全く違う景色が見えることでしょう。素直に、信じて、逆らわずに読むと、辿りつけると思います。はい。
あー、ネタバレは絶対に先読みしないこと。うちのネタバレファイルとかu-kiさんの感想とかを読む前に、3度くらい読みなおして欲しい(i-i)。というか、自分で読みながら辿らないと、人のを読んだとて、わからないと思うし。
今日の記念に、北野勇作関連トピックをくらげづくしにしてみました。マウスカーソルもクラゲ。
レモニー・スニケット『最悪のはじまり(世にも不幸なできごと1)』【bk1/amazon.co.jp/amazon.co.jp(原書)/amazon.co.jp(カセット)/】にある「千メートルの塔」は、原書では30フィート(約9メートル)となっており、恐らく訳者が「十メートル」と書いたものを誤植したものだろうとのこと。モンモラシさんありがとうございました。私も原書を立ち読みしてみます。
今回は幸いにも、原書がどうなっているのかを知ることができ、その結果誤訳、あるいは誤植であろうということが分かったけれども、ほとんどの場合はそのまま「そう書かれている」通りに読んでしまうものだろう。外国の本の場合は、一旦翻訳というフィルターを通さないことには読めないわけで、そう考えるとこういうことは避けられないんだろうなあ。
まあ、今回みたいにあからさまにおかしいことも珍しいだろうけれども、本が不幸すぎるよなあと思う。米国アマゾン子供の本ベストでは、『The Hostile Hospital』が1位に入っているのに……。次の刷りでは修正されるだろうけど。