いやあ、面白かった。後半は勢いで一気読み。何と言っても、犬飼いの設定が魅力的。確かに犬好きには堪えられない小説ですな。完全に猫派(犬は苦手)の私でさえ、犬の毛皮の手触り、温もり、息遣いが伝わってくるほどだった。実際に犬を飼った事がある人にとっては、たまらんでしょう。
犬物、アクション物、超能力物としては、結構楽しめたと思う。ちょっと敵役の書き方が類型的で、主人公とのやりとりがまるで時代劇だったり、展開がご都合主義(ストーリーのための窮地が多かったような)のように感じられたり、無茶苦茶おいしい(あざとい)設定を全て地の文で一気に片付けちゃったり(この辺りは「SF Japan」の短篇「獣のヴィーナス」でも感じたことだが)と、小説的には力はあるけど技は足りずという印象。でも、これだけ一気に読ませて楽しませてくれたんだから、これはこれでいいのかもしれない。もうちょっと上手くなって欲しいと切望。きっとそうなってくれるでしょうと期待。
ただ……、多分これ、続きとかシリーズ的な展開が今後あると思うのですよ。同じ宇宙での話が、きっと。そこが弱い。相当魅力的な宇宙なのだと思うんだけれども、地上戦との絡みのバランスが今一つ悪く、伏線が取って付けたような書かれ方をしている(いきなりあそこでああいうキャラを出されても)。今後未来史物として書かれていくことになるんだと思うけれども、そちらの奥行きの広がりまで発展し損なってしまっているのが、無茶苦茶残念。SF的にはそちらの方にもう少し丁寧に目を配ってもらいたかった。……というのは、処女作に対して欲張りすぎ? いやでも、谷甲州『惑星CB-8越冬隊』【bk1】とかさ。
ああ、なんか文句ばかりになってしまったのは、ラストの展開がばたばたしていたから、その直後に書いているせいもあるのかも。でも、安心して読めたし、筆力はあるし、話の削ぎ方も上手いし、何しろとにかく読んでいて爽快だった。是非、このシリーズを書き進めて一大未来史を築き上げて欲しいものです、はい。
ところで、ロレンゾって白人なの?
天地駿助は子どもたちのヒーロー・ダッシュマンである。しかし表の顔は洗剤会社のセールスマンであり、立ち回り先の未亡人、律子にほのかな思いを寄せながら告白できずにいる。そんな中、謎の女戦死ピンク・パピヨンがダッシュマンの前に現れ、モウルド・プリンスとの戦闘が激化、さらに彼女を巡る暴力団との抗争に、またもや律子親子も(なぜか)まきこまれてしまう。どうするダッシュマン! どうする天地!?
手に入れてしまいました。おほほほほほ。
前巻で見事に話が完結していたにもかかわらず、続いています。見事です。あいもかわらず、ものすごい展開です。有無を言わさぬナゴミ系レディコミのテンポで立ち回るヒーローというアンマッチさが、ものすごい迫力を生み出して、気がつくとげらげら笑っている自分に気付きます。やっぱりこれは傑作だわ。
つーか、いやもうマジで、天地と律子の関係ときたら、波風たったままでなーーーーーーーーんも動かんのですよ。
天地→律子(天地と蝶子の関係を誤解) ↑ ↓ 蝶 ↓(をいをい) 子 ダッシュマン
という四角関係が「できただけ」。誰も何もアクションを(さしたる感慨も)起こさずに終わる。なぜにーーーーー。
しかもこれ、これ以上出ていないらしいですよ。どうしてくれよう!?
=>感想。
公共図書館の再生のためにしなければならないこととは? 従来の運動の実態を克明に辿って失敗の原因と課題を探り、専門性を持つ司書制度確立の道を考える。合理的・現実的な思考を欠き、失敗から学ばない体質の転換を訴える。 【bk1】
【内容】合理的・現実的な思考を欠き、失敗から学ばない体質の転換を。司書職制度の確立に失敗した主として60・70年代の運動を総括し、今後を展望する。
【要旨】 1 司書職制度の基礎(わが国における司書職制度);2 司書の専門性に関する理論(「図書館員の専門性とは何か(最終報告)」をめぐって;「図書館員の倫理綱領」は有効だったか;司書に必要な基礎的能力とは何か);3 司書職制度要求運動の現実(司書職制度の要請書をめぐって―東京都公立図書館長協議会の要請書(1967);なぜ要請書に反対したのか;図書館運動の「負の遺産」)
旋風を巻き起こしているらしいデスヨ。
八か月の長い冬眠を生きるヤマネの夢物語、不完全雌雄同体カタツムリの愛、莫大な富の蓄積にすべてをかけるフンコロガシ、瞑想の世界に心の平安を求める元麻薬探知警察犬―ヴィスコヴィッツは彼らの生態・環境を生きつつ、情熱的な愛に燃え、野心を抱き、あるいは権力におぼれ、人生の目的を求めて悩む。残酷でペシミスティックでふしだらで、だけど大笑いしてしまう、ケダモノの魅惑!言葉の魔術師カルヴィーノの再来と各国で絶賛。イタリア文学待望の大型新人デビュー作。
生き物の形を調べ、分類し、その行動や生態をよみとく形態学・分類学。かつて日本でも栄華を誇ったこれらの学問は、いまや「生物学の遺物」「死んだ物(標本)を研究するから死物学」とまで陰口をたたかれるようになった。けれど、動物の死体に出くわすことは、ぼくらの平凡な日常のちょっとした異常事態、ドキドキする出来事だ。マニアならではのイタチの見分け方、タヌキやモグラのペニスの恐るべき秘密etc.ぼくらの好奇心を刺激してやまない「死物学の世界」を一緒に探検しよう。
あなたの疑問は「正しい」でしょうか。本書では、人気の「双子のパラドックス」、「ローレンツ収縮」、「事象の同時性」などなど、相対論で万人が間違えるツボを懇切丁寧に解きほぐします。わからない人にも、わかったつもりの人にも、相対論のより深い理解のために、正しい間違え方とその正し方をお聞かせします。
戦う少女が主人公の人気アニメに込められた宗教的メッセージとは?楽しみながら学べる新しいタイプの入門書。
世界の名品、珍品ここに集まる。写真図版184点。名コレクションの数々に、隠れたコレクターの未発表資料を加えた世界の鍵と錠を一挙掲載。
2000年7月25日、パリ、シャルル・ドゴール空港。おびただしい炎と黒煙を吹き出し、コンコルドは墜落した―。国家の威信をかけた巨大プロジェクトの陰には、命を賭けて闘った男たちがいた。チーフ・テストパイロットが明かすインサイド・ストーリー。
但し、土曜朝の数字。あれ?
金曜日。ばたばたとついにいよいよ6月最後の出勤日の定時となり、時間的に中途半端だったので、回覧の『出版ニュース』6月下旬号を眺めていた。結構これが書評も多くて面白いのだが、舘野皙『「2001ソウル国際図書展」レポート』。
嘘だあ。っていうか、いつからだよ、一体。少なくとも私は知らん。聞いてない。電子ブック市場の現況 韓国では電子ブックを"E-BOOK"と呼んでいる。周知のように電子ブックは、広義ではCD-ROM、インターネット、PC通信上のパブリッシングを包括するすべての電子出版媒体を意味するが、協議ではデジタル化されたコンテンツをインターネットを通じて提供する次世代インターネットサービスを指す。
「電子ブック」とは、いわゆる「EB」のことだ。googleで検索すると「電子ブック」のひろば、電子ブック(TM)閲覧室なんかがちゃんと引っかかる。電子ブックプレーヤー(ソニーのデータディスクマンなど)で使う奴。ごつくて不細工で古臭い機械で、既に見てくれからして過去の遺物という感じだが(なんとかならんのか、あのデザイン)、一応まだ死んでいないのでは。ハードもまだ店頭に並んでいるし、ソフトも売っているよ。
でも、こうして過去は駆逐されていくのだろうなあ、とちょっとしみじみ……。いや、「周知のように」なんて書く前に調べやがれ、ということなんだけどね。
午前中プールに行こうと思ったら振られてしまったので、図書館によってフレッシュネスバーガーで3時間一気読み。いやはや。
墜落したジャンボジェットから回収された遺体は、原型を留めるものすらほとんどない悲惨なものばかりだった。しかし、諸星隼人はそんななかからなぜか蘇った。一度左半身をほとんどもがれたにもかかわらず、五体満足な姿で。小林泰三をまともに読むのは多分初めて。『屍者の行進(異形コレクション6)』【bk1/amazon.co.jp】に入っていた「ジャンク」しか読んだことがないから。あとはWebでの発言を見かけたら読む程度で、牛さん相手に活躍していた頃も、そんなに追いかけていたわけではなく、邪悪、邪悪と呼ばれていたのが、今一つピンと来なかったものだ。でも、いやあ、なるほど、想像を絶する邪悪さでありました。
まるで予想だにしない所から矢が飛んでくる様は、いしいしんじ『ぶらんこ乗り』【bk1/amazon.co.jp】といい勝負なのだが、いしいしんじが天然で何も考えずに好き放題であるのに対して、小林泰三は全て計算ずくで飛ばしてきて、読者が戸惑う姿にほくそえんでいる。性格悪<誉め言葉。
私はネタバレには一切目を触れずに読んだのだが、それで正解だった。尤も、私自身は恐らくこの「ネタ」をほとんど知らないも同然なので、関係ないっちゃ関係ないし、それ関連のことも読めているとは言いがたいに違いない。それにしたってこの辺りの年齢層の作家はこういうの好きだなあ。北野勇作のアレとか、牧野修のアレとか。部屋で読んでいたら爆笑の連続だったろうなあ。店でも百面相だったと思うし。
とにもかくにも、無茶苦茶面白かった。しかし、好きか嫌いかと問われれば、かなり苦手な部類に入ってしまう。まずぐろぐろぐちゃぐちゃ描写が非常に丁寧で、私には辛かった。好きな人にはたまらないのかもしれないし、目をそらしたくなるほど上手いんだろうけれども、そういう場面はほとんど飛ばし読みである。それから、ストーリーが展開する場面はすらすら読めるのに、登場人物が会話する場面になると途端に読む気が萎えてしまうのはなぜなんだろう。結構色々なところで誉められているんだけれども(ネタバレありにつき注意:岡本家記録/SFオンライン)、自分でも不明。この辺りは『ドッグファイト』でも同じように感じていたので、最近北野勇作やら佐藤哲也やら、ディッシュやらのシンプルな小説ばかり読んでいたせいという気もする。今推理小説は読めそうにないなあと思った(^^;。
私は苦手なんだけれども、傑作です(矛盾はしない)。いやあ、楽しかった。