おかしい。絶対におかしい。
%は気になった本ということにしておこう。処し方は後で考えるがとりあえず。
のむのむさんの日記(6/10)を見て。
内容説明:最盛期には、全共闘くずれ、ギャンブルで身を滅ぼした商社マン、ミカン売りからの転職組など、さまざまな経歴の持ち主がチリ紙交換屋になった。その群像を、タテバ(チリ交基地)の所長が軽妙な筆致で描く。うわあ、本当にあの古本屋の親父さんだ、という感じ(^^;。これは読もう。著者紹介:1942年山梨県生まれ。青山学院大学法学部卒業。サンリオ、生厚産業株式会社、伊藤興商株式会社を経て、現在学芸大学にて、古本店「古書いとう」店主。
【bk1より】
麻弥さんによるリンクについてのアンケートの結果がUPされている。つくづく凄い量だ。お疲れ様でした。
サイトウマサトクさんに反省されたりして、恐縮したり。私人間できてないし。読み返すと無茶苦茶滑稽だな。
私は、人の意見を引用したり、参考にしたり、反駁したりする時には、やっぱりリンクは張るべきだと思うのですよ(引用でリンクしないのは論外でしょう)。張らないことにメリットをまるで見出せない。
参照元がはっきりしていれば、自分にも分かりやすいし、見ている側にとっても便利だし、相手先がアクセス解析をしているようなところであれば(こちらを見ていれば)、自分の意見に対する意見も聞くことが出来るかもしれない(少なくとも、読んでもらうことはできるかもしれない)。リンクを張らず、名指しもせずに書いても、相手に自分の意見が正しく伝わることはないし(まあ、そこまで積極的に伝えたければメールすればいいんだけれども、それじゃあ、面白くないんだよなあ)、他の無関係な人にも「自分のことかも」という不安を与えるだけ(本人に「私のことじゃないわね」と思われる可能性もある)。とりあえず無茶苦茶無駄だと思うし、はっきりいって無用のトラブルの元になるだけでしょう(アンケートのトラブルの項目に実例有り)。
リンクを張らない人にとっては、読者に、相手先に自分の意見を伝えることは目的ではなくて、ただ愚痴を吐きたいだけ、ただの自己満足、ただのポーズなんだろうけれども、読んでいる人(少なくとも私)は、そういう人の意見は話半分にしておこうと思うわけだ。というか、何のことを言っているのかわからないのでは、内容についての判断なんて不可能だから。
#基本的に愚痴が大嫌いだということがあるんだけど。
私の意見も、あくまで単なる「俺ルール」なんだけれども、リンクを張らない批判を見れば「どこのことだかはっきりしろよ」と思うし、みっともないよなーと思うのは事実。人間性の問題ではなくて、やっぱり私にはリンクを張らないことの方が面倒だから、面倒くさくない方向に流れていて、結果として上のような意見になっている……というような気がしてきた。アンケートの結果を読めば読むほど、みんな色々考えているんだなあと感心する。リンク集も面倒だから作らないんだしねえ。要するにずぼらで、大雑把。
にしても、たまに「同意同意」と頷く意見があったりすると、決まって有里さんとか、みのうらさん(こことかこことかこことか)とか、麻弥さんだったりするのは、文化圏の問題なんだろうか。でもみんな、私なんかに比べて余程大人だ。反省。
うーん、体重計の置き方のせいではないのか? なぜ減るのか不可解。
最近体力激減。
再読。何度目なのかは不明。
いやしかし。……ちゃんと色の合った立体眼鏡を手に入れたような感覚。これまで見えなかった「意味」が浮かび上がるように、見えてくる。
一つ一つの何気ない台詞(地の文)の言葉尻を、しっかり捕らえるように掴んでいくと、それこそ芋の根っこのように繋がっていく。行く先が芽の側か、根の側かは今のところ不明。でも、うわー、この書き方はずるいよ、切ないよ! と身悶え。「ぼく」は全然そういうことを思っていないんだろうけれどもさ。だから。
てゆーか、本当に神林長平『戦闘妖精・雪風』【bk1/amazon.co.jp】、アニメ化しちゃうんですね……。うーん。
検索してもなかなか書評を引っ掛けられないけれども、うちも『ぬかるんでから』で検索してくる人は無茶苦茶多いのです。嬉しい。
激太り?
6月15日午後10時教育テレビ ドキュメント地球時間「アメリカ被曝兵士の告発」。エアチェック。
これまではどこも「池田小学校」と言っていたけれども、今日のNHKは「附属小学校」に変わっていた。やっぱり本物の池田小学校からクレームが来たのだろうか。
全体で言うと、確かに幻想小説ということになるのかしらん。でも、むしろホラー? 「ホラー」というやつはどうも本当によくわかっていないのだけれども。んー、これは瀬名秀明【bk1】と好対照かもと、ふと思ったのだった。色々な意味で対極にあるような気がする。
SFの古き悪しき時代、メロドラマ的な筋書が大勢を占め、ほんの少数の作家しか科学的な信憑性を気にかけなかった時代、巨大蟻の物語はよくあるテーマの一つだった。幾たびとも知れず、恐ろしい六本脚の侵略者たちは、触覚をふるわせ、大あごをカチカチ鳴らしながら、田園や都市を襲撃し、喜々として平方=立方の法則をけとばした。この法則によると、もしある昆虫のサイズを二倍にすれば、筋力と気管の面積は四倍にふえるが、体重は八倍にふえてしまう。人間なみの大きさの蟻を書いた作家たちには残念だが、それだけ巨大な昆虫は、運よく窒息しなかったとしても、自分の体重でぺしゃんこになってしまうのである。まあ、気門がどうこうという話も含めて、やあ、あんな奴が理屈ではいる筈はないのだ。しかし、いるのだ。情景がまざまざと目に浮かぶ。草をそよがせる風の色、バイオリンの音さえも聞こえそうな生臭さが、この小説には漂っている。理屈をいくらこねようとも、それはそこにいる。いや、むしろそういう理屈ではありえない、あるはずがないからこそ、それでもあるということの、その存在感が際立っている……ような気がする。強烈に。R.シルヴァーバーグ(R.シルヴァーバーグ編『ミュータント傑作選』講談社(1979))
結構SF臭さも感じたりするんだけれども、どうなんだろう。
航空アドベンチャー・ノンフィクション!大型台風22号のまっただ中、桜島が噴火、そのときYS‐11が離陸した…。東亜国内航空(現日本エアシステム)鹿児島空港支店で、離島運航に賭ける熱い男たちの嵐の2時間を追った迫真のドキュメンタリー。コックピット、客室、運航課を同時録音した収録時間70分のCD付き。CDって、生なんでしょうか、まさか。と思ったら、再現らしい(朝日ソノラマ)。ドラマ仕立てなんだろうか。でも、同じシリーズの『機長席』【bk1/amazon.co.jp】は
現実の音と解説による迫真の空のドキュメンタリー!最新鋭ジェット旅客機のコックピットのボイスレコーダーとフライト全資料を公開。とある。うーん?
ちなみに武田一男という人は旅客機関係を中心に出しているらしい。他にも『ラストフライト 国際線・機長席』愛育社【bk1/amazon.co.jp】とか。
重要
突然ですが、今後私は、「ヒラマド」と名乗ることにいたします。ついでの際にでも、リンクなどの記述の変更をよろしくお願いしますm(__)m。今後は一切本名(漢字、ヨミ共)は出さないで下さい。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします。過去に遡って変えてくれ……ということはありません(^^;。
冗談でもふかしでもなく、本気でございます。もうちょっとましな名前を考えんかッ!?という突っ込みも、とりあえず置いておいて。
まあ、前々から考えてはいたのですが、色々と思うところがありまして、本日ただいまから実行することとしました。
うーん、そもそも本名で運営しているからには、実社会(うまい言い方が思いつきませんなあ)で持ち出されることは覚悟の上なんだろうとか、最初から本名であることの方が無用心なのだとか、今はそういう感覚なのかもしれませんが、私がWebサイトを開設した1995年は本名であるほうが当たり前、匿名はちょっと敬遠されがち……というような雰囲気だったような気がします。というか、当時私はそう感じていたというだけですけれども。
だいたい、大学のサーバで友達なんかと一緒に物珍しいからと言って作るサイトで、わざわざ匿名を名乗る方が抵抗があったし(気恥ずかしいんだけど、実際)、当時は今ほど誰も彼もがWWWを覗けるような状況じゃなかったし、まあ、なんとなーくで本名運営で始めてしまったため、そのままずるずる5年半も本名でやってきただけなのですよ。
別に隠さなければいけないような後ろ暗いこともしていませんし、今更突然本名を捨てたからといって、既に身内には筒抜けであることには変わりなく、実際のところ検索すれば簡単にばれてしまうわけですし、だいたいからして「ヒラマド」などというつまらん名前から、あまり本気で隠そうという意図がないのはばればれなのですが。一応言っておきますが、私は鉄ちゃんではありません。
ただ単に、とにかく分けたいだけです。その意思表示です。本名でやっていることのわずらわしさは沢山ありますが、メリットなんてまるでありませんからなあ。
というわけで、勝手ですが、よろしくお願いします。
インターネットで大人気! 4万人の定期読者をもつメールマガジンが本になった。読むだけでも必ず、あなたの毎日に小さな変化が起こり、そして何かが変わっていくはず。体も心も美しくなれる。10秒のエッセンス。こういう内容だし、版元が版元だし、いかにも怪しげな印象だが、この元となっているメルマガ10秒ダイエットはお勧め。文字通り10秒で読めるくらいのダイエット豆知識が毎日手元に届くというメルマガなんだが、これが割と効くのですよ。
みのうらさんのところから、麻弥さん(6/19)[格納場所]のところ、魔法の笛と銀のすずへ。
倉庫の裏で殴るというのは、メールで批判するような状態のことではと思うのですが、違うのかしら。批判しておきながら、相手に伝える意思もない、相互理解(触れること)を最初から放棄している、名指しをしないことによって、まず自らに逃げ場を用意しているようなやりかたが、私はあまり好きではないなあと思うのだ。だから、これはむしろ単なる陰口を大声で言っているような状態(しかも周囲は「聞こえているって」という声なき突込みをしている)。それはみっともない。倉庫の裏で殴るのは、余程誠実で健康的だと思われます。顔を見合わせて殴るんだから。まあ、メールですむ話ならそうすればいいと。