ううううん。週末は豪遊系だったからなあ。でも、今月は週末ごとに豪遊系の予定……。下手すると、平日も入る……のだろうなあ。公私共に忙しいってのが、洒落になっておりませぬ。
今日の悪夢は「私だけちょっとトクベツ」系イタいジュブナイル学園SF風(多分超能力物)であった。あまりと言えばあまりの内容に、お弁当(鮭のカレームニエル葱人参ソテー添え、キャベツと大根と若芽とトマトとキュウリのサラダ)を作りながら、突っ込みまくり。
まあ、そうしている時間は楽しいし、こういう系のジュブナイル独特の読後感(じゃないか)を味わえたのはいいのだが、いつ捕まるかとびくびくしたり(閉じ込められていた場所から脱出して……というところから覚えている)、逃げ回ったりする夢では(警察も助けてくれないだろうなあとか考えながら、休んでいた間の授業の勉強を、放課後の中学校の教室で一人黙々とやっていたり<確実に私じゃないな、このキャラ)、休んだ気にならない。例によって5時半に一旦目が覚めるし。
土曜日も『ブロードキャスター』を最後まで見なかったし、睡眠時間は足りているはずなのに、どうしてこんなに眠いの。
検索してみて見つけた一般書籍@2ch掲示板「小学生のとき読んでショックを受けました」。ネタを割っているので、未読の方は見ないように。
ちなみにこのアンソロジー『だれかを好きになった日に読む本』【bk1/amazon.co.jp】はまだまだ現役。「きょうはこの本読みたいな」というアンソロジーは学校図書館の定番っぽいので(をい)、シリーズはだいたい生き残っているみたい【bk1】

【上bk1/amazon.co.jp】【下bk1/amazon.co.jp】
M・Dっていうタイトルは酷いよなあ。中黒はないでしょう。格好悪すぎ。
さて、結構面白かったのだが、読み終わったのは、10日以上前だったような気が。
本当に信じていたサンタクロースの存在を、幼稚園で完璧に否定されてしまったビリーの前に、マーキュリーと名乗る異教の神が現れる。何でも願い事がかなうという魔法の杖、カデューシアスの杖を授けられ、ビリーは次々に周囲の人々に「呪い」をかけていく……。
『人類皆殺し』の時にも思ったのだが、題材の割に、変に座りが良い。カデューシアスの杖によって与えられる祟りは、たいてい不条理で、目も当てられないようなものばかりなのだが、なんだか物凄く上手くやんわりと真相から遠ざけられているような、はぐらかされているような気もする。
ふと、非合理に見えたものに、真相や原因らしきものが提示される。だが、それが本当の原因なのかには触れられていないというような。読者の手ではそれが遠因だったとして、どのように実際に物語に影響しているのかまで掴めない。そういう距離にある要因が、後から記述される。無理矢理合理的に話をつけようとすれば、そのせいだったのかもしれないと言えてしまうような。でも、どうなればそうなるのかがわからない。その連続。
ビリーが非常に聡明で、良識も人並み以上に持ち合わせている(が、幼い頃から望みを全てかなえてきたためか、冷徹な印象)少年として描かれているのも、その居心地の悪い座りの良さに結びついているのではないか。常に呪いの効果を制御しながら使っていく。それでも予想外の災厄は、予期せぬ人に振りかかる。やがて災いは人類に蔓延する疫病の形を取り、人々は感染の恐怖に晒されつづける──のだが、ウェットな恐怖感はなく、むしろ、乾いた、地に足のついた怖さと言うかなんというか。
ホラーというのは、実は本当に苦手。別にお化けが怖いとか、死体が嫌ということではなく、はらはらドキドキするのが怖いんだよな。『宇宙船サジタリウス』のシリーズ3話目は、決まって見ることが出来なかった性格なので。人の良心が悪く悪く展開する物語が苦手。見ていられない。逃れようのないしがらみに縛り付けられるシチュエーションとか、現実的なものの方が怖い。そういう意味では、非常に怖かった。でも、これがいわゆるホラーなのかと言われると、どうなのか全然わからない。
うーん、でもディッシュ【bk1】は面白いな。
収録作:「ぬかるんでから」「春の訪れ」「とかげまいり」「記念樹」「無聊の猿」「やもりのかば」「巨人」「墓地中の道」「きりぎりす」「おしとんぼ」「祖父帰る」「つぼ」「夏の軍隊」
繰り返しになるが、断言する。これは傑作だ。
13篇の短篇。どれもこれもが凄すぎる。
剥き出しの言葉の力。粗筋を説明するのは無意味だ。これは物語の頚木から開放された純粋な、言葉の塊だから。考える前に、文字が直接脳味噌に響いてきて、鮮やかな情景を、まるでそこにあるかのように、自分自身がその場にいるかのように、描き出す。
その光景は、理不尽で不条理で滑稽で禍禍しいものばかりなのだが、とてつもなくリアルだ。この小説群に書かれているのは、「そこに、そういうものがあるのだ。」ということ、それだけのことだから。その現実にはありえないからこそ強烈に臭う「事実」の前には、人の論理などあまりに無力だ。ただ翻弄され、飲みこまれるしかない。悪夢そのもののような物どもが存在するそこは、まさしく悪夢の中であるのだから、そこにいる限りは悪夢こそが現実なのだ。語られる言葉だけがこの世界の現実であり、紡ぎ出される景色に読んでいる自分の足場がめくり取られていく感覚。
どれもこれも凄すぎて、お気に入りの物がどれかなんて選べないよ! ため息しか出ない。
お願いだから、買って読んで!!
でも、やっぱり佐藤哲也は島本和彦に通じるよね。
ところで、この帯の引用文は最悪。悪意があるとしか思えないんだけど。
佐藤哲也のほかの著書、日本ファンタジーノベル大賞受賞作『イラハイ』は文庫化もされて古本屋でもよく見かけるのだが、『沢蟹まけると意志の力』は本当に見ない! でも、どちらも物凄い傑作なので、是非読んで欲しいのだ。
というわけで、復刊ドットコムに登録。新潮からは無理だろうけどねえ。お願い!
向井さんの北野勇作的世界考察。共感する部分が多い。でも、私は『火星』に関しては読み足りていない、多分到達できていないと感じているので、再読しないと、本当に。つーか、読書会やりましょう! 是非『クラゲの海に浮かぶ舟』も読んでみてください。図書館で頼んで取り寄せてもらうのが一番確実です。都内なら必ずあるので、1週間も待たずに手に取ることができます。確約します。私の本は、今は貸し出し中(^^;。感想聞かせてね>森さん。
そう、起こっていることは多分極めてシンプルなのだ……と思う。そして、主人公が見て、感じ、語っていることは、全て真実。矛盾だらけでありえないことばかりじゃないか! そう思ったときに、「事実」が現れる……と思うんだけどなあ。ちなみに『クラゲ』は一つの確固とした物語が存在します。
『クラゲの海に浮かぶ舟』も復刊投票募集中です。よろしく。
東京に遊びに来ている両親と3人で食べに行った。Webで発見したのだが、入ってみてびっくり。100人くらいは入りそうな広い店内はがらっがら。個室で宴会をやっている様子ではあるんだけれども、ちょっと不安を感じながら、とりあえず私と母は温かいお茶(ポットで持ってきてくれた)を、父は中瓶で、海鮮おこげ、麻婆豆腐、八宝菜、焼き餃子5個、海老餃子3個を頼む。これが上品というわけでもないんだけれども、さっぱり薄味で歯ざわりもよく、美味いんだわ。結構これは正解だったなーと思っていたら、最後に出てきた焼き餃子が!
皮はそれほど薄くないのに、具の緑が透けて見える。野菜が多いのかなーと思って、食べてみたら、これがもう絶品。とにかくジューシー! これはもう感激!! いやあああああ、いいわ、ここ!
結構この量でお腹はいっぱいだったんだけれども、父の希望で五目チャーハン、私と母は杏仁豆腐を頼んで締め。これで6000円ほどでした。
しかし、金曜日の夜、結構長尻したのに、結局私たちの後に入ってきたのは、サラリーマン風の男性が3人だけという寂しさ。大丈夫か? とても心配なので、大崎に用事がある方は是非行ってみてくださいませ。とにかく焼き餃子(T-T)。
美〓[=王其](みき)03-3493-5986 東京都品川区大崎1丁目20−8
JR大崎駅東口を出て、信号を渡らずに線路沿いに品川方面へ(ゲートシティを左手に見ながら)直進すると、すぐ赤い看板が見えるはず。
うわあー。
池田でこういう凶事が起きたのは、初めてだろう。繁華街を多く抱えた豊中ならともかく(違います)池田だ。あと300メートルずれていれば私が通っていた保育所、500メートルずれていれば私の小学校、あと1キロずれていれば、今まさに妹が教育実習をしている高校であったはずだ。見知った風景、数え切れないほど何度も通った道、昔保育所帰りによく行ったスーパーがテレビに映る。病院の映像が入ると、あれは小児科の看護婦さん、あれも弟が世話になった看護婦さん、と母が解説してくれた。うちに関係のあった子どもも、一人被害に遭ってしまったらしい。言葉にならんなあ。
宿で両親が買った夕刊をいくつか見せてもらったんだが、読売新聞の1面の写真は酷すぎる。いくら何でもあんまりではないか。
あー、「池田小学校」ではないよ、MX-TV! 「池田小学校」という池田市立の小学校は別に存在する。だから、「附属」。でも、母が言っていた、スーパーから子どもを肩車して連れ出す警官の映像が放送されていたので、それが見られただけでよしとしよう<何が。