で、スタイルシート。3点目がこれ。結局導入は断念した。話には聞いていたけど、これほどまでにIEとネスケの表示が違うとは。別に複雑なことをやろうとしていたわけじゃないんだけどなあ。
ちなみに、昨日内容の更新をせずにUPしたのは、bk1の画像を使っていたのを除くため、でした。
まあ、他の点はともかくとして、最後の点は深刻。別に増減を上げることに抵抗があるほどではないけど、最近ムキムキになったからだの上にムチムチな肉が付きはじめて、運動励行。
【bk1/講談社X文庫〈上〉/講談社X文庫〈下〉||講談社文庫〈上〉/講談社文庫〈下〉】
小野不由美は大学時代の休み中、実家で読んだ『緑の我が家』【bk1】が初読。どこが面白いのかさっぱりわからなかったので(みずき健『シークエンス』と同様に人気があった理由が謎)それ以来読んでいない。
でまあ、これは結構面白かった。ただ、良しにつけ、悪しきにつけ、オーソドックスなジュブナイルファンタジーという印象。
要するにファンタジー世界を舞台にした主人公の成長物語なのだろうが、様様な苦難を乗り越えて結果的に主人公が成長する……のではなく、主人公が成長するために苦難がふりかかるように感じられる。運びがぎこちない。独りでいるときはただ苦しみ、裏切られ、成長を迫られ、誰かと一緒にいるときは世界に関する説明を受けるだけという風に、ビルドゥングスロマン的な部分と、ファンタジー的な部分が、あからさまに塗り分けされているせいだと思うのだが、どうだろう。
主人公の設定が何か説教臭いのも影響しているのかも。というか、かつての乾いた生活と、実はそこでは異邦人であったという真相が、全く絡まないということ(単に性格の問題?)が、この座りの悪さの全てを象徴しているのではないか。説教が世界から浮いてしまっている。自分の居場所はここにはないと思っている者ではなく、妙に世渡り上手な者を描いているところが、もしかしたら現代っ子的って奴なのかもしれないが。
などと文句を先に書いてしまったけれども、そういうバランスの悪さ、ちぐはぐさも、密度の薄さも、懐かしいジュブナイルの香りだと思えば、嫌ではないし、むしろ好もしい。というか、ジュブナイルとしては、この説教臭さは正しいように思えないことはない(スマートじゃないから私は苦手だが)。さらに続きも気になり、読みたいとも思う。別に特定のターゲットがいるわけではないのだが、キャラ萌えの萌芽に似た感覚が私の中に生まれつつある。これは何なんだろう。私の萌えキーは怪我を圧して戦うとか、病気なんだけれども行かなきゃいけないとか、ジレンマとか葛藤で悩み続けていたりとかなのだが、陽子には全く萌えなかった(「うるせー」と思っていた)。この「よくわからないけど続きは気になる」感覚も、私のジュブナイル観的には正しいのだった。
しかし、こんなこと言っていて、次貸してくれるかしら(ちと不安)。
晩御飯食べ過ぎた。間違えて買ってしまって中途半端にあまっていたフェットチーネと、パスタケースにしているペットボトルにちょびっとだけ残っているスパゲティを一緒に茹でて、ニンニク、玉ねぎ、人参、チンゲンサイ、海老のミルクスープに絡めたもの。
それはいいのだが、問題は付け合せのサラダ。電子レンジでチンしたキャベツと、セロリ、キュウリ、大根を、トースターであぶった鮭のハラスと椎茸で和えて、レモン1/2分の汁を豪快にかけたサラダ。セロリなんて丸1本だし、キャベツも1/6個くらい、椎茸は1個で、大根もキュウリも少量だが、気がつくとお腹が張るほど食べていた。途中でやめて明日の朝に残せばいいものを……。
久々に部屋で取っている産経新聞を悠々と読みながら食べていたのだ。いつものように、料理面を読んでいると、向かいのページに誰かの追悼連載の3回目が。
頼藤さん、死んじゃったの????
2001年4月8日。享年53。産経新聞4/12より。……ここ何年かの訃報で、一番ショックかも……。でも、いつの間に。全然知らなかった。会社では先月末から日刊スポーツになっちゃうし、部屋でもなかなか新聞を開くことはなくて。ああ、悲しすぎるよ。医者の不養生じゃん、馬鹿。病院に勤務しているくせに、身体を大事にしてくださいよ。悔しい。
「頼藤和寛の人生応援団」(元「ドクター頼藤の家族診ます」)は、高校の頃から愛読していた。私がなぜ産経新聞をしつこく取り続けるかというと、書評面の多さ、料理面の読み応え、そして「頼藤和寛の人生応援団」があるからだったのだ。確かこれって、昔は大阪ローカルの連載だったのが、全国版に進出したんじゃなかったっけ。
自殺したいんですという相談に、第一声が「死になさい」だったり、誰かが憎いという相談に、呪いの方法について延々と論じてみたり、相談者にとってはどうだったかは知らないが、無関係な野次馬読者にとっては、毎回肩の力が抜けてしまうような回答が、読み物として非常にエキサイティングであった。『中島らもの明るい悩み相談室』とはれるくらい(真面目な相談なのに、はってどうする)。かといって、読売新聞の人生相談のような、妊娠中絶を悔やんでいますという未婚の女性に対して、「なぜ避妊しなかったのか?」なんていう馬鹿な問い詰め(て今更どうするよ?)をしたりはしない。いちいち、あーそりゃそうだそりゃそうだと頷きながら納得してしまえる内容だった。
たいていは、無理して状況を変えても仕方がないし、環境なんて変えようと思って変えられるものじゃないんだよ、そのままでいきなさいと、よく考えたら単に「気の持ちよう」と言っているにすぎないんだけれども(それが正しい回答なのだと思う)、ただ心地良いだけでくその役にも立たない癒し系とは一線を画す、面白くて毒があって、ウィットに富んでいて、おかしくて、楽しくて、結構実用的なのだった。本当にいい連載だった。……なんてここ数年まともに読んでいなかったんだけど……。くううう。
例えば、「人生応援団」の加筆修正版、頼藤和寛『正しく悩む』新潮社【bk1】の「波」での紹介記事。
「医者相手の不倫」に悩む三十六歳の主婦、二児の母。不倫相手はすべて医者で、内科、外科、眼科、泌尿器科、麻酔科、歯科、精神科まで総合病院がひらけそうなほどだ。これは、自分が大学進学できず、三歳上の兄が医学部へ進学したことが原因で、医者コンプレックスがあるためと自覚しているが、そんなありきたりの回答は無用、とくぎをさす。夫は暴力的な浪費家で生活は苦しく、すべての医者と交際をつづけているので、カラダが持たないから、どうしたらいいか。他にもWebで読めるものをいくつか見つけたので、リンクしておこう。これに対し、ドクトル・ヨリフジは、まず、「不倫の相手に医者を選んだのは正解で、衛生的であるからへんな病気をうつされる危険性が少ない」と言う。そのうえで、同時進行は一人か二人におさえろ、とかなり具体的なのである。
bk1で調べてみると、『わたし、ガンです ある精神科医の耐病記(文春新書164)』なんて出しているやん。しかも2001.4刊。ううーん。
ご冥福をお祈りします……じゃなくて、死ぬなよ、馬鹿!と言いたい。ああ、腹が立つなあ。
実家から電話。同じく頼藤ファンの母と、ひとしきり早すぎる死について語り合う。
それはそうと、実家に猫が来たらしい。ミーが死んで以来、もう2度と猫は飼わないと言っていたくせに、今度は交通事故にあった仔猫だという。6ヶ月くらいの三毛猫で、立派な尻尾の美猫。弟が拾ってきたのだそうな。一度は駄目だからと家族に拒否されたものの、また拾ってきて、結局預かることに。
全身打撲で結構重態だが(あばらの辺りが酷いらしい)、ご飯も食べるし、ちゃんと排泄もする。歯が折れて、脚を引きずっているが、どうやら拾ってきた時点で事故後2,3日は経っていたと思われ、それだけしぶとい猫なら生きるだろうという予想。医者に連れて行くというような積極的な治療はするつもりはないが、看病して元気になれば、張り紙でもして元の飼い主(トイレのしつけもなされているし、非常に人懐こい)に返そうという話。見つからなければ、別の引き取り先を探すとか。名前は協議の末、「タマ」に決まった。
まあ、夏に帰省する時にきっと会えるでしょう。ふふふ。
=>公式サイト(米国)/(日本)
ノベライズ:スティーブン・ギャガン『トラフィック』新潮社【bk1】
未読。でも、2時間半の映画の方が密度が高いと思うな。
物凄い映画だった。絶対に劇場で見るべき。傑作だよ、これは。
『スターリングラード』に引き続き、なぜか成り行きで初日で初回。今回は渋谷だったのだが、大丈夫なのかと心配になるくらいガラガラ。4割くらい? それとも実は初日の初回というのは穴場ですか?
メキシコの刑事、アメリカ次期全国麻薬対策本部長(だっけ)、サンディエゴの麻薬担当下っ端刑事、麻薬常用の女子高生、その両親、妊娠中の有閑マダム……。アメリカとメキシコの国境を挟んで、麻薬という悪魔にとらわれてしまった人々を、それぞれカットバックで追いながら、全体の話が展開していく。
細かく、地味で、派手さなど微塵もないストーリー。ただただやりきれない、痛々しい物語。アクションもエロもお涙頂戴も、描こうと思えば、それこそエンターテインメント映画らしく派手なものに出来たはずだ。でも、しなかった。しかしだからこそ、丁寧に描かれる人物たちの痛みと苦悩と共に、得られるメッセージは観客の心に力強く刻み込まれるのだと思う。虚飾なしの人間の物語に圧倒される。
道徳映画なんだな。それも素晴らしく完璧なやつ。幸いにも私はドラッグとは無縁なわけなんだけれども、アメリカに住んでいる人たちにとっては、強烈だろうなあ。しかも、ネオナチ、人種差別を扱った『アメリカン・ヒストリーX』のようにラストで腰砕けになったりしない。映像の力で観客を驚愕させることもせず、与える印象は、より鮮烈で、強烈で、確かなのだ。
たとえ文字通り命を掛けても、所詮一人の人間が巨悪に対等に立ち向かえるはずはない。でも、どんなに無駄だと言われようとも、全ての努力が実は無為だったと知ろうとも、逆に麻薬組織に力を与える結果に結びつこうとも、大切なものを失おうとも、自らの非力さを呪いながら、戦いつづけるのだ。ラストまで、そしてこれからも。いやもうタイトルロールなんて涙なしには見られません。というわけで、メキシコの背が高いほうの刑事にちょっと萌え。偉いぞ偉いぞ、がんばった、これからもがんばれ!
でもなー。ラストの感動的な風景にかぶって、スタッフの名前が表示された途端、どったんばったんと椅子が畳まれる音がそこかしこで、沢山。さっさと立ち去る人々……。見ろよ、この光景を! この景色、これこそが、これこそが……。なのに、ああ。聞こえてくる声は、つまらなかったというものばかり。ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうーーーーーーーーーーーーー!!
確かに子供が退屈するのもわかるよ。途中で携帯が鳴って出ていくのも分かるよ(消せよ馬鹿!)。アクション物を期待していたら、全然駄目だと思うよ。でも、これは傑作ぞ。道徳的な部分を抜いても、映画として。それぞれのパートに絡む膨大なキャラクターをそれぞれ一人一人の人間として書き分け、爆発的な情報量をさりげなく盛り込み、それをあくまで謙虚に──観客に無駄な重量を感じさせず、正確に伝える筆致、しんしんと心に染み渡らせる演出。超高密度の2時間半。
見れ。
や、やべー。これが世に言うリバウンドって奴でしょうか。ちなみに昨夜は0kgでした。開始時体重が+2kgなので、元体重以上に戻して体脂肪だっぷんだっぷんにはなっていなんだが、最低+2kg……。明らかに食い過ぎの癖がついてしまったことが原因なのだが。ああ。
見た目、服を着た感じも明らかに肉が付いている。それも、以前みたいにぶよんとした肉じゃなくて、芯を中心にして均等に丸くつくような感じで、むっちりとしか言いようがないようなつき方。何なのこの肉は。特に腹が顕著ですが、全体的に。ひー。
というわけで、今朝は雨にもかかわらず自転車に傘さしてプールで泳ぐ泳ぐ。でもその後、ハモンセラーノサンドとシュークリームとスパゲティ……。駄目だってば。
プール帰りによったブックオフで、続き物の漫画を飼いこみたい衝動にかられたのだが(『THE かぼちゃワイン』とか)、友人から借りっぱなしの川原泉セットが読まないままだったので、布団に入って読む。
まず読んだのは、『空の食欲魔人』。「……?」 わ……わからない……。全くわからない。読みどころがわからない。展開にもオチにも、何も感じることが出来ない。私に受容体が全くないらしい。ごめんよ>C。
だいたいどれもラブストーリーらしいのだが、ラブストーリーで読ませようという意図はなさそうだ(多分まるでない)。食欲ネタのコメディみたいだけれども、絵柄のせいか、硬くて乗れない(食欲ネタが牽引不足なのか? でも……おいしそうじゃないし……)。ギャグかもしれないが(自信なし)、クスリともニヤリともできなかった。漫画も巧いとは思えず、なんだかわからないまま「食欲魔人」シリーズ(?なのか?)だけ読んで、昼寝に突入。
晩御飯(鱈鎌と菜の花ピーマンチンゲンサイソテー、マイタケ若芽さやえんどう味噌汁、ジャガイモサラダ、ご飯)の後、『フロイト1/2』に挑戦。うってかわって、こちらは相当好きな感じだった。でも、このネタで丸1冊引っ張ってくれるものとばかり思っていたのに(是非そうして欲しかったのに)、すぐに終わってしまってがっくり。しかも、オチがあまり面白くないよう(T0T)。
で、『笑う大天使』に突入中。……どうして判で押したように親なしモノなのっ!? こうも連続で読むと、精神的に疲弊してしまうのであった。これは面白そうなんだが、どうして????<予備知識ゼロなので、さっぱりわからねー。