むーん、見事に動かないなあ(^^;。さぼって自転車に乗っているからかな?
友達がうちに来たときに一緒に見て、きれいな姉ちゃんを見るのはなんて楽しくて気持ちがいいことなんだろう!と思い知り、最終回もチェック。実質見るのは3回目なので、ストーリーなんて、全然わからんちん。でも、きれいなお姉ちゃんを見ているだけで幸せ。オヤジかも。
一歩さん( 12/21)(格納場所)。ふむ、なるほど。19日の記述は、純粋に読む立場から見ただけの感想ですから。ま、作る立場からいうと、面倒臭いというのは当然なんですよね。私も面倒臭い。読む方も作る方も、面倒臭いのは嫌いなんですよ。これ重要。
実は私も日記以外に2つWhat's new?を持っています<コラ。nDiaryで感想を自動抽出してくれる読了記録と、手作業で書き加えているトップページの更新記録<こちらは滞りがち。更新記録は読書の素向けで、あまり意味がないから自動抽出にまかせようかなとも思っていたり。日記しか更新しないしねえ。とにかく、面倒臭いことはなるべく省力化する方向で持っていけばいいんだと思う。とか言って、nDiaryにおんぶにだっこなんですけれども。
で、一歩さんと私とでは発想が根本的に違うんだなあと思ったこと。
Q:いちいち新ファイルにリンクがあるのは、実は単に押し付けで五月蝿いのでは?重要なのは、あらかじめその事柄に興味を持っていない人、その事柄を知らない人に対して、いかにして記述を読ませ、興味を持たせて、本だったら手に取らせるかということだと、私は思っているんで、一歩さんのようには考えられないわけです。あらかじめそのことに興味があって、自発的にリンクを辿っていくような人は、放っておいても大丈夫だけど、これはちゃんとどうにかして意識的にアプローチしないことにはなしえないわけで。
A:そんな気もする。ここは一つ奥ゆかしく行こう。
皆に見せびらかしたい程の自信のあるものができたら、その時はリンクしよう。
それまでは、とても欲しいと思ってくれる人に、クリック2個分ぐらいの情熱を
燃やしてもらって、取ってもらおう。
そもそもクリック2個の情熱のない人には読んでも意味ない情報だろう。
そのためには、1クリックだって、ロスなんですよ。実際、日記から知らない本の感想を、わざわざ張ってあるリンクを伝って読みに行くことなんて、ほとんどない。ましてや、メニューに戻ってから(自発的に探して)たどるなんて。自分自身がそんなことは滅多にしないし、アクセス解析を見てもそう思う。勿論、私にそういう力がないからだし、私は多分一歩さんよりもずっと自分が書いているものを信用していないんだと思う。だからこそ、今ここで、「今日」の日記で見せなければならないと思うわけです。興味のない人の目にも触れられるように。いつか興味を持ってもらえるように。 むしろ、押し付けがましく、積極的にあざとく、うるさく、かしましく。
でまあ、毎日しつこくしつこく同じようなことを繰り返し繰り返し書いていたり……するのは、そういう意味も多少はあるけど、もっと単純に、私が読むスピードがむちゃくちゃとろいので、ほぼ毎日更新する日記に読んでいる本の内容を書くと、1冊あたり下手すれば数週間同じ本について語ってしまうことになるだけなんだけど。読書量自体が少ないので、特定の本の話しかできないとか、単にだらだらべちゃべちゃしゃべるのが好きだとか、まとまって完成したものを書くだけの頭がないとか。これはこれで充分とほほだな。結局、自分にとって楽で、なおかつ目的とも反しない状態が、今のこれであるわけで。自分の気が済むまで書かないと気持ち悪いだけ。
そういうわけで、一日が結構無駄に長くなってしまうため、「重要ではない」過去日記の閲覧の方にしわ寄せがあるのも確か。一番自分でも駄目だと思うのは、過去の月別ファイルが大きくなり過ぎていること。最大は2000年2月で、119KBもある(平均すると、60KBくらい)。わざわざ探してまで見たい人は、がんばって読み込んでね、申し訳ないけどってことで、そのフォローもあって、検索ツールと索引(自動と手動)は用意している。でも、自分でもこれはあまりにも醜くて嫌だ。せめて30KBでしょー。nDiaryの月ファイル分割バージョンが安定したら、すぐにでも乗り換えたい。
でも、今のところ大切なのは、「今日」の日記なんだよな。わざわざ見てもらうものではなくて、ここにあるもの。index.htmlにあるうちだけが勝負。
なぜ増える〜? 不可解なり。うーん。確かに今日も自転車にしちゃったしなあ。筋トレは適当にしているし、お通じだってちゃんとあるのに〜。納得イカン。
正月帰省するまでに、下げペースに持っていかねば。今週はなんとしてでも泳ぐぞ。多分泳ぎ納めだと思うし。
*出費ゼロの日
つーか、財布を携帯するのを忘れた。全く支障がなくて、気が付いたのは帰宅直前に郵便局で週末の運転資金(切符買いに行かなきゃ)を下ろそうと思ったときだから、別にいいんだけど。
届いた。それにしても、相変わらず変な表紙だなあ、よくわからない表紙だなあ。何を狙ってこういう表紙にしているんだろう。
横山えいじが駄目なら、草〓(ナギ)琢人とか。この人なら、150センチのマイルズを抵抗なく書いてくれるぞ、きっと。頼りなさそうなグレゴールとか、げっぷが出るほどハンサムなイワンも。
一番痛いところを読み返してみる。読みながら、痛ましさに顔がゆがむ。結局、これは【シリーズ全体にかかった、叙述トリックなのか。ずっとマイルズは嘘をついていたのか。いやまあ、厳密には嘘とは言い切れないし、だいたい場面場面でこんなことを説明するのは手間だし、苦痛でしかないだろうから、簡略化して言っていただけなんだろうけど、あの言葉、両親のあの表情の本当の意味が、ここで初めて明らかになったわけで。だいたい、マイルズがこの事実を知らない筈がないのだ。コーデリアやアラールの性格から言って、マイルズにこのことを言わないわけはないと思うし、仮に言わなかったとしてもすぐにわかることだろう。軍人になろうとする者は当然どこかでこの知識に触れることになるだろうし、あれだけ自分の体のことを気にしている頭のいいマイルズが、自分で調べないわけはない。】……考えれば考えるほど痛いなあ。うーん。
今度買うパソコンの正式の注文請書が届く。結局なんだかんだ仕様変更したりして(CPUをあげて、DVDをCD-R/Wに変えたり)、注文日は12/19になってしまった。これじゃあ年内納入は無理だろうなあと思って、さっそく検索をかけてみたら、お届け予定日が12/25になっていた。まじかい。早すぎ。ま、早く来るにこしたことはない。
うーん、自分から自分へのお誕生日プレゼント? っても、ボーナスだけでは足りなくて、さらに貯金から7万足して、やっと買うんだけどねえ……。
うぎゃー、3本連続再放送なんて! 明日はおでかけなのに、寝不足になるやん。しかも見逃していた胃カメラ!! 吉村昭『光る壁画』、実は未読だったんです!とか言っても、時効ですよねっ、ほほほほほ。冒頭だけ運転免許試験の日に読んで、実家に置きっぱなしというのが真相なんだけど。オリンパスのサイト「胃カメラからファイバースコープへ―世界で初めて胃カメラの実用化に成功したオリンパス」 実家を掘り返したら出てくるかな?
結局泳ぎには行けず。誕生日でおごってもらったり、ケーキを食べたりして、やっぱり増えたんだが、『あるある大辞典』を見ながら筋トレに励む。
明日からは朝当番だからなあ。みっちり早起きしてがんばらねば。
誕生日プレゼントとして、トロUSBハブマスコットをもらう。うーん、読まれている……(^^;。今のパソコンでは使えないので、新パソがますます待ち遠しい。とはいっても、USBマウスがないから(「スティックタイプのポインタとスライドパッドを両方搭載」とあるけど、やっぱりホイールが!)結局試すのは年明けかも。
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ここに、100個の猫あそびがありますが、読者のみなさんは、そのすべてをすぐにできると思ってはいけません。もちろん、すべての猫あそびについて、著者は実際に体験したのですから、すべての遊びが可能であることは間違いありませんが、そう簡単にはできないのです。著者にしても17年間の経験と実績があって、はじめて可能になったものだからです。猫は一匹一匹、性格が違いますし、特性も違う。つまり、その遊びはできてもこれはダメということがあるのです。著者の家では、100個の猫あそびをすべてマスターするために五匹の猫がそれぞれの特性を発揮して、協力してくれたのです。お飼いになっているその猫の特徴をよーく理解して、無理のない遊びを猫といっしょに楽しんでください。聞いて驚くな見て驚け『奇跡の猫あそび―世界ではじめて66種類のあそび方を公開』潮出版社(1985)15年目の増補改訂改題復刻版だあああああぁぁぁっ!!
いや、少なくとも私は声をあげて驚いた。目を疑った。私の手許から去っていたこの本が、いつか再び手に入るようにとは望みながら、しかしまさか15年の時を経て復刻されるなどとは、全く夢にも思わなかったっつーか、復刻すんなよ! こんな本!!と思いながら、面に笑みが広がるのを止められなくて、いっひっひひひ。
前版の感想を引っ張ってみよう。
「奇跡の猫あそび」犬童光範著 潮出版社瀬川あづさ『猫印極楽読書録』でもこう触れられている。
子供のいない犬童さん夫婦が子供代わりの猫・ケンとボンを使っった遊びを紹介している。例えばボクサー。
ハンガーに猫をぶらさがらせる。そしてそのハンガーにバスローブをかけると、ちょうど猫の顔がバスローブの襟のところになるので、「あっ、ボクサーだ!」と間違えてしまうのだ。(中略) 猫はいつまでもハンガーにぶらさがっていたいとは思っていないので、なるべく早くゴングにしておろしてあげるべきである。 このあそびをした後、ボンは怒っているのかなとよく見たら、怒っていたので、やはりあそんだ後は何かごほうびをあげるべきだと思った。。。。。って、おいおい。
犬堂光範『奇跡の猫遊び』。<略>それにしても、この本を見るたびに、ウチにある本の中でこの本が一番くだらないっ!と、思わず顔がほころんでしまう。(p.102コラム「□1995年□」より)要するに、もうほとんど動物虐待すれすれの「猫あそび」を実践紹介した本なのだ。あの"大人の絵本"(と帯に書いてある)『ねこのマッサージのしかた』のマッサージを大部分収録。もうとにかく全編筆舌に尽くし難いほどのしょうもなさに満ちていて、くだらないとしか言いようのない本なのだ。……改めて読み直してみると、本当に脱力するなあ。
思いおこせば1995年。非常にコンテンツの少ない最初期の「ざぼん」を立ち上げたばかりの頃、猫本紹介のページなどを作っていたら、超人気サイト日本甲斐性無し倶楽部(ahoo!ナビゲーター(?)でも有名)の椎原さんがわざわざ送ってくださったのだ。衝撃的にくだらない内容に大喜びして実家に持ち帰り、母も気に入った様子だったのだが、その後教室の子供に貸してしまいそれっきり……。口では「まー、しょうもない本だしね。別にいいよ」とは言っていたものの、実は非常に悲しかったのだよ、母よ。その後も機会があるごとにブックオフで探していたりもしたのだが、いやしかし本当によくもまあ、全く……。
というわけで、前版が手許にないので記憶によるしかないのだが、やや新版の方が虐待色が弱くなったような気がする。けずったのかな? それと、「あそび」に入る前に病気で瞳孔開きっぱなしになったために、黒目がちの超美人猫になった飼い猫の話が写真付きで書いてあったような気がするのだが、なくなっている。あー、やっぱり旧版欲しいかも〜(;_;)。
でもまあ、しかし、それほど有名でもないと思うし、今も話題になっていないのに、どうして復刻されたのか、全くもって謎……。検索してみても(遊び/あそび)、「そ、それは! 犬堂光範・著『奇跡の猫遊び』!?」くらいしか引っ掛からないし……。謎。
ともあれ、川島誠『800』の6年目の再版、寮美千子『ノスタルギガンテス』の7年目の再版に匹敵するインパクトだったことは確か。15年ぶりの復刻……。この著者自身、80年代から本が出ていなさそうだし……。なぜ???
だから、 でも、こういうのって、「私は嫌いだ」「私は不便だと感じる」から、「私はしない」というだけですけどね。人様は人様のポリシーで動いているだろうから。多分、本当に単なる内輪向けの日記なんて、内輪以外の人間が読んでも面白くないだろうから、単に自然に見に行かなくなるだけでしょう、当り前だけど。そうして自然に訪問者が限定されていくだろうから、それはそれで全くかまわないし、「そういうふうにできている」ってやつ。逆もまた真なり。
なまじ、多少は興味がある話題に触れているサイトであるからこそ、「あーくそなにこいついらつく」と思うわけで。読んでいる側からすると、「読みたい」という欲求と、その実現のためにかかる負荷(面倒臭い)の兼ね合いで、実際に読むに至るかどうかが決まる。作っている側からすれば、読者(って違和感あるけど)側の「読みたい」という思いに期待しない分(力足らず+私の場合、まさに「読みたい」と思っていない人が対象だから)、読者側の「面倒臭い」壁を下げる必要がある。で、そこにかける手間の面倒くささと、「読ませたい」と思う欲求の兼ね合いで、どういうページになるかが決まる?
そもそも、読んだ本の感想をインターネットにあげる場合、やっぱり読んだことのない人を意識する方が多いし、それはサイトを始めた当初、あまりに自分の好きな作家なり作品なりのインターネット知名度が低かったことから、それが当たり前にならざるを得なかったわけで。幸い、今はインターネット人口が増えたおかげもあって、川島誠も寮美千子もWebに溢れているけれども、このスタンスは変わらないなあ。
ま、基本は「自分が読みたいと思えるようなページに」「自分が嫌なことを他人にはしないように」ってことでしょう。「嫌なこと」のポイントは人それぞれだし。名指するリスクを負う気がないような批判ならするなとか、意味もなくネット上にヨワメなことは出さないとか(笑いが取れるなら出すけど)。
お、やっと停滞期脱出か。
*出費ゼロの日
金曜日会社から直で帰省するので、今週は極力食糧を買わず、冷蔵庫の掃除をする予定。でも、案外中身が少なくて、明日のお弁当さえおぼつかない……。でも買っちゃうとなあ。
むー、パソコンはやっぱり来なかった(T-T)。つーか、まだ25日到着予定になっているんだけど〜。まだ海外から輸送中なの? 現時刻が予定到着日を越えたらどうにかするくらいちゃんとプログラムしなさい>dell。腰が落着かない。
とりあえず、現在のパソコン君は実家へ送ることになった。母が使いたいらしい。新パソが届こうが届くまいが、とりあえずこいつは私の帰省に合わせて大阪へ発送する。ハードディスクさえきれいにすればまだ充分使えるしね。
うーん、でもできればこちらにいる間にデータのコピーと抹消を終らせてから移動したいなあ。つーわけで、水曜日までに来い来い(無理っぽい?)。
と思ったら、日付が変った途端に、ステータスが国内輸送中(お届け予定12/26)になった。でも仕事たまっているし、明日不在票をもらって、明後日受け取りが無難かなあ。でも、早く欲しいよう。
松下さんが読んでいる! おお。やっぱり復刊ドットコム?
ちなみに溝口さんの感想。地道に探してみた(って、時期がある程度判っていたからすぐ見つかったけど)。
いや別に一歩さん(のサイト)が嫌だとか言っているわけではないっすよ。結局のところ、私も好きだから手を掛けるのであって、気が向かなければ放ったらかしにするだろうし、そもそも日本一のぐうたら人間だし。
って、自分が一番嫌いな名指し無しの批判状態になってしまった。むー、こういうことをするのって、アホな自己満足野郎だけだってばよ>自分。自戒自戒、反省反省。
味噌汁を作るのにさえ事欠き始めた。今日の晩御飯は閉店前半額の刺し身のあら(まぐろとはまちか)にひからびかけたとろろをかけて、やまかけ丼。味噌汁は蓮根と椎茸と隠元とワカメ。やや乏しいが(でも、魚が魚なのでカロリーはあるだろう)残業で遅くなってしまったので、ちょうどいいくらいか。
朝、会社で出荷しましたメールを受け取るが、パソちゃんはまだ来ない。遅く帰宅しても不在票すら入っていなかった。電話もわざわざ留守電にしてやったのに〜<なんて言い草。ちょっと不安。遅くなるならなるで構わないのだが、いつ来るかわからないのは困る。こういうとき、やっぱりクロネコヤマトみたいに追跡できるシステムがあると便利なのだが、配送業者も何もわからない。
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で、今日はイーガン『祈りの海』を、最近あちこちで話題になっているのに惹かれて読んでみた。
……早まらなくて良かった。
まず最初に林さん絶賛の解説に手を付けたのだが、なんだかまだるっこしくて、ふぢーさんが誉めている表題作から読もうかと尻をめくったところで、いや待て、短篇集はやはり礼儀正しく頭から行こうと、「貸金庫」を開いたら、最初の3行で、何なんだろうこれは。
本当に面白い本を読み始めたときは、1行目からどうしようもなく興奮するものだ。でも、それってどういう理由からなんだろう。真面目な話、この3行を読んだ瞬間、体がぐわぁあっと熱くなって、脳味噌がヨロコビ物質で満たされて、そのまま心が小説の世界の中に向かって疾走し始めた。でも、この3行が一体何なんだろう。
えーっと、神林長平に似ているんだと思った。それは内容は勿論、それ以上に山岸真の訳文のせいも有るんだろうけど、私が好きな頃(87年以前)の神林の新作に出会ったみたいな、読み終わったら違うだろうけれども、第一印象は既知の大好きな作家の、待ちに待った新作を読むときの感覚。でも、勿論、イーガンはこれが初体験。だって、既刊は長いし、みんな(主にダサスタッフ)難しい話をしているし。
もう目がハートですよ! 超ハッピー。……まだ22ページまでしか読んでいないんだけど<こら。
配送業者と伝票番号を聞いておこうと思って問い合せたら、伝票番号はおろか、業者名すらわからないと言われてしまった。んなアホな。途中で事故が起こったとしても追跡できないのでは意味がないので、控えがないわけはないだろう。別に出荷メールと共に番号をくれとはいわないが(bk1って便利だったのね)、問い合わせには応えてくれ〜(;_;)。
昼休みは公衆電話で電話を掛けまくり(104を3度利用した)、まあ色々あって、弁当を半分食い逃してしまった。インスタントの味噌汁と、デザートのみかんで空腹を誤魔化しながら、帰宅。8時半に無事受け取り。
うん、けっこうかわいい。色変えパーツを頼まなかったので、もっと味も素っ気もないビジネス機みたいなのかもと思っていたのだが、まるっこくっていい感じ。筐体の割にディスプレイも大きいし(17インチCRTと比べても)、キーボードも打ち易い。でも、やっぱりポインタが……。これも慣れれば使えるのかもしれないけど、今のところやっぱりマウスが欲しい。ハブもあるし、10キーもほしい。
ところが、ネットワークが繋がらずに、2時間ほど悩みまくった。ちゃんと設定しているのに全く繋がらない。メーカーのサポートにも電話したのだが、ちゃんとハードは認識しているらしいし、問題はケーブルでしょうといわれる。でも、古いパソコンだと繋がるんだよなあ。
結局、ケーブルのFAQページを見たら、モデムの電源を切れと書いてあり、そうしたら、繋がった。現在データ(主にページ関係)をhi-ho経由で移し替え中。面倒臭いけど。
って、やっぱり速い!! Webの閲覧も、ダウンロードも、同じ線を使っているとは思えないくらい、速い速い!! すげー。
窓の杜で一通りのソフトをダウンロードしてみたら、昔シェアウェアにお金を払ったソフトが結構フリーになっていた。うーん、そんなものよね。
今日の晩御飯は昼弁当の残りのチンゲンサイ卵炒め、サニーレタスと、正味期限切れの梅紫蘇パスタ。ちょうどダイエットする直前に買っておいた保存食が、たいていこの12月で賞味期限だったらしく、ぎりぎり食品が戸棚から溢れ出している。本当にやばくなる前に食べなければ、勿体無い。明日の朝御飯は「俺の塩」で決まり。
ななな、なぜそこで終る〜(;_;)の連続に、夜中まで読みふけってしまった。でも好き。「キューティ」まで読んだ。
図書館でイーガンの他の本を借りようと思ったら、区内には『順列都市』しかない。『祈りの海』が新刊で入っていないのはわかるけど、『宇宙消失』までないなんてっ。憤りながら『順列』だけをカウンターに持って行ったら、冊数制限いっぱいで借りられなかった。正月枠も使い切っているとは。仕方がないので、『宇宙』と『祈り』のリクエストカードを書いて帰る。
ところで、今年を総括するとすれば、趣味が海外SFに移行したこと、短篇集を読むのに抵抗がなくなったこと、アンソロジーの面白さを発見したこと、かな。何しろ、私にとって語るべき(語っておきたい)年であったことは確かで、年始に回顧をやるのが適当かも。
昨日の「神林長平に似ているんだと思った」という記述に、さっそくmutさんから異議が。って、「ちが〜う〜」と言われることは予想していましたし、私も違うと思う。というか、「同じ」とか「似ている」とか、安易に結び付けて評価することはナンセンスだと思うけど、似ていると思ったことは事実だし、そのこと自体にも意味がある(それによって評価はしないがってこと)。
以下、なぜ似ていると思ったか、列挙。すげー無粋なので、反転します。だって、この3行は本当に素晴らしいんだもの。昨日余程引用しようかと思って踏みとどまったのも、やっぱりこれが素敵だからだし。ふぢーさんもそう言っている(;_;)。
以上、非常に形式的な類似点。んで、結果的に、
これを読んだときのわくわく感は、高校の頃、80年代前半の神林作品を読んだときのわくわく感とそっくりだ!! ってことになった。mutさんはお嫌いでしょうが、こいつは「萌え」に近いものです、多分。 マイルズだったら萌えるとか、苦しいけど頑張るところに萌えとか、もともと私の脳味噌の中には様々な萌え受け皿が用意されているらしいんですが、今回は神林萌えという受け皿にびびんと反応があったという感じ。非常に主観的。
食べれば増えます。
びっくり、○年ぶりに再□□!!ってのも、そろそろマンネリ化してきたなあ。
というわけで、今度は朝日ソノラマの少女怪奇漫画誌「ハロウィン」で連載していた木村直巳『ダークキャット』が、さくら出版「あなたの知らない世界」で、復活しているらしい。まだ見ていないのでわからないけど(サイトに載っている画像は、昔のやつだし)、えーっと、8年ぶりか。高校3年のセンター前後に突然周囲で大ブームを巻き起こし、直後に出た10巻を最後に雑誌でも見かけなくなったから。
ここのところ、めっきり麻雀やくざ系に走っちゃって悲しかったのだが(ヤクザ系はともかく、麻雀はルールがわからないからなあ。竹書房のヒットマン物『カラス』って2巻出たのか?)、嬉しい。
やっぱり央ちゃんの運命や、いかに!?ってことで、ああ、読みたい〜<標意はどうでもいいらしい。
とりあえず、rubyは導入できた。なんかしらんけど、前とは随分違うみたいだけど、動いているからいいや。パソコンのダンボールにrubyの本も詰めたので、実家で月ファイル分割準備もできると思う。
昨日「キューティ」までと書いたけど、「ぼくになることを」までですな。「キューティ」だと全然読み進んでないやん。
というわけで、これから荷造りして明日の帰省に備えます。掲示板も止めます。