謎宮会で、以前『秘密』の最後の「謎」について、(以下のリンクは全てネタバレです。未読の方は覗かないでください)「秘密」の秘密という記事があった。私は、この記事については、なんか違うな〜と思ったんだが、最近(っていつだ?(--;)あがった「秘密の秘密」の秘密については全く同感。つーか、私はそう読んで、感動したんだけれども(=>7/7参照)。「秘密」の秘密、補記というのもあがっているので、見てみたが、いや、指輪がないといかんと思う、私は(;_;)。ふむ〜。
古本屋で三原順『ムーンライティング』の文庫版を買った。そこで今欲しいものが、蚊取り豚。要するに豚型の電気蚊取りだ。前から欲しかったんだが、『ムーンライティング』を読んでしまうと、なおさら豚が欲しくて欲しくてたまらない! 川崎のアパートにはなぜか全然蚊がいなかった(石油臭かったからだろうか?)。が、引っ越してきたここはどうかなあ? 実はどうも高級住宅街らしく、緑豊かなお庭が多いし(^^;。
ところが、どのドラッグストアに行っても既に売り切れなのだった。1軒、ベープの豚を売っているのを発見したのだが、私が欲しいのはのアース豚。ベープの豚は目が笑っていて、いかにもプラスチックという造形なのだが、アースの豚はきちんと陶器の蚊取り線香豚を意識した作りで、しかもスイッチになっている尾が緑に光るのだ! 夜見る姿はいかにも無気味で、うがー、欲しいよう(;_;)。豚〜。
『はみだしっ子』は10巻『つれて行って』に突入。遅すぎ。でも、なんか、4人の関係が痛すぎ。びんびんに張った綱を引っ張り合っている姿が、連続して2冊読むのを耐えられなくさせる。いやもう、すごく面白いっす(;_;)。
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=>TEXT ART MUSEUM Figlet なんしゃ版
寮美千子『星兎』感想(期間限定(だと思う)の美しい装丁)。不完全燃焼気味。っつーか、焦点を絞りすぎて的を外している感がなきにしもあらず。とにかく抽象的すぎるので、もちっと書き加えます(;_;)。壊れたレコードじゃよ、これでは。うーん、やっぱり評論家・甲木善久の言葉はすごい。あー、影響されているよ。やだやだ〜(;_;)。
私がちらりと思い浮かべたのは、神林長平『プリズム』の第一章「ペンタグラム」で少年が最後に言う台詞。
「父さん……ちがうんだ。ぼくが生まれたのは、ぼくの、意志なんだ。ぼくが、あなたたちを望んだんだよ。ぼくが、望んだんだ」
ああ、うさぎは……。いや、良いっす。うさぎ。強烈すぎ。
わーい、わっちされちゃった(^0^)ノ。というわけで、無意味に更新してみたり。すまん。
#つーか、私、FTPしてから誤字脱字修正したり、あれやこれやすることが多々あるので、わっちで上の方にあがっていても見た目変わっていないってことが頻発すると思う(--;。
でも、実は自己申告しようかとおもっていたところで(爆)、嬉しいっす。
どうも私の電話番号の前の使用者は中国人のリュウさんだったらしいので、よく中国語で電話がかかってくる。大抵の場合、「ニーハオ▼○◇◆マ」とアチャラ語で挨拶した後、妙だと気付いて「リュウさんではありませんか」と続くので、つくばにいた頃のように、タイ人の男から読めないファックスを送り付けられたり、夜中の1時に「キャンユースピークイングリッシュ!?」と叫んだりする必要が無いので楽だ。
でも今日はおばさんに「NHK東京放送局ですか?」と言われてしまった。いやにでかいところと間違えられたものだな。普段私は良くないと思いながらも癖で「はい、ヒラマドです」と冒頭で名乗ってしまうのだが、この時はたまたま名乗らなかった。受話器を取った瞬間の空音が、妙だったからだ。風呂場から掛けてきているみたいな感じ。どちらにお掛けですか?と掛けた電話番号をきくと、確かにうちの番号だ。うーん、似ているのかな?>NHK。でも、名乗らなくて良かったという気はする。気を付けよう。
だったらしい、昨日の危惧は(=>しゃある通信〜東京編〜7/14)。うきー、細かい更新ペキペキやってやろうとおもったのに〜(;_;)。
道理で、みのうらさんのところが、時間に正確な更新になるわけだ(^^;。ふむー。
じゃ、こそこそしてもばれないということで、おおっぴらにちまちま更新してやりましょう(^-^)<結局同じかい!?
とかいいながら、克服したみたいなので、時間まで取れるようになりました(^-^)ノ。確かにSSI使いまくりだしな=>逆リンク
って、……未来になっている……。なぜなぜ?('-')?<所詮素人。とか、色々試行錯誤しているんだが、どうかな?
ほかにもくろっくはちさんのたんぽぽ ひとりごと。とか。あ、遅くなりましたけれども、姉の日記は、そちらからたどったですm(__)m。でもって、多分もう落ち着いたです(^-^)。
のえるあんてなとかもある。多いんだねえ、こういうの。ふーむ。
おお! =>雪樹さんのあれれ日記7/14
さてさて、実は密かに話題な本当は怖いサイコドクター暴れ旅(本当は怖いんですかっ!?(笑))の日記:幼女愛好者の権利についてである。
っても、なんか考えていたら頭がくらくらしてきたのだった。変な確度で妙に痛くなると思うし、これ、書き出すと(^^;。
シンクロニティとでも言いましょうか、先週会社で前書きを読んでうむうむと思った三井京子編著『100人のレイプ体験』(データハウス)と、週刊ポストの書評で見た安田雅企著『幼児性愛―狂気するペドフィル犯罪』(ベストセラーズ)を図書館にリクエストしたり(どちらも未所蔵。入れてくれるかなあ)、ここ数日会社で読んでいる読売新聞(自分では絶対に取らない新聞だろうなあ)で、レイプされた女性の話が連載されていたりしていて、余計頭がくらくらしてしまったのだった。
なぜくらくらしているのかというと、それぞれバラバラな話題について、ぐるぐるしてしまったからですね。まず読売新聞で触れられていたレイプと裁判の件、u-kiさんのエロ小説のレイプの話(とか)、それに関して私がちょっとだけ思うところとか、風野さんの日記の幼児性愛者の権利の話と、実際に起こった少女連れ回し事件、私が北村薫に抱くおぞましさとか、掲示板の話とか。ああああ、まとまらねえ。
幼児性愛という形質が存在する(だろう)、ということはわかるし、犯人の男性が連れ回しただけで何もしなかったというのも「可愛くて連れてっちゃったんだろうなあ」とは思った。そこら辺は共感というと変だけれども、なんとなく、わかるような気がした(というのもおこがましい話だけれども)。ただ、やっぱりやっちゃいけないでしょうというのが当り前の話で。
単に「可愛かったから」連れ回すという行為は愛することにはならないでしょう。それは、"普通の人"が異性に対して「可愛いな」とか「格好いいな」と思うのと同じようなレベルで、眼鏡に萌え萌えとかまあ、色々あるんだろうなあとは思うけれども、でも、要するにそういうレベルの話でしょう。愛するという感情は、誰か特定の人(個人だったり、多数だったりするのかもしれないけれども)に対して抱くものであろうと。「可愛かったから」誰でもいい、というのは、その対象を自分の欲求(性欲とは限らないかもしれない)の道具としか見ていないから可能なのではないか。少なくとも、一個の人格として見てはいないと思う。
レイプなんていうのは、その最たるもので、本当に相手を道具扱いしているからできるんだろうなあ。愛しているから、なんていうことはありえないわな。双方の同意があって初めて成立するものでしょう。
でも、例えば幼児性愛の人が、特定の個人に対して恋愛感情を抱いたとして、双方の同意が得られるような状態になるためには、相手の幼児の成長を待たなくてはならないんだよね? 成長した元・幼児が、万が一にでも相手に好意を抱いたとして、その時相手にとって彼女は恋愛の対象なんだろうか、とか。これは素朴な疑問。まあ人それぞれなんだろうなあ。"普通の人"だって、相手が異性だから好きになったりするのだろうか?とか、ぐろぐろ。なんか、「そういうふうにできている」って感じがしない? つーか、やっぱり「そういうふうにできている」のだ。
読売新聞7/9の記事に、去年の大学体育会系部員に集団暴行された女性が、結局不起訴にせざるをえなかった話が載っていて、7/13にはその記事を読んだ19才の女性の話が掲載されていた。彼女は9才の時に公園でレイプされたのだが、一体何をされたのかすらわからず、親にも打ち明けられなかったというような内容。満足な知識もない圧倒的な弱者である幼児は、簡単に騙されてしまうだろうなあと思うと、やっぱりどう考えても、喩え愛があっても、同意があっても(訳が分からないんだから、簡単に同意させられてしまうのだから、無理矢理)手を出しては駄目でしょう、とか。でも、「そういうふうにできちゃっている」んだったら、やっぱり思うことは止められないわけで(それが愛なのかどうかは、愛の定義にもよりけり、臭いな、なんか)。あ、でも、運動は絶対にしたらいかんでしょう。おぞましい。ぐろぐろ。
愛=性なのかという話になると、なんかイタイんですが、そこら辺の描写とか『秘密』に惚れたんだが、なんかうー、まとまらんよ。
あー、すんません、全然まとまってません。本読もう。
=>つづく
『だれかを好きになった日に読む本(きょうはこの本読みたいな1)』アンソロジー/偕成社(1990)感想。異形コレクションよりも異形な、ギャフン・アンソロジー。川島誠の初期短篇を読める数少ない本でもある。お勧め。
昨日の日記(<=みのうらさんちからのお客様は先に見てください(希望))について、風野さんのお答え。どうもありがとうございます。「そういうふうにできている」人たちは、確かに「そういうふうにできている」んだから、それが罪ではないかもしれない。その哀しみとか、いわんとするところも分かるつもりです。が、やっぱり、ひっかかるなあ、と思うわけですよ。幼児性愛者=犯罪者ではない、それは重要だけれども、でも、彼等が実際に手を出すのを止めているのは、それが犯罪であるという意識があるからなのだと思うし、まあ、愛していたらできないわなってこともあるだろうし。うーん、うまく言えないけれども、「幼児に手を出すことは犯罪だよ」という社会通念を保っていくことは大切だとおもうのですよ。でも、そういうふうにできている人たちのことを非難するのは、どうかと思ったり。相変わらず中途半端。
=>つづく
なんと、パロル舎から『星兎』が届いた。うっひゃー。どうも有り難うございます〜>寮美千子さん。なんか申し訳ないです(^^;。
本には1枚のワープロ打ちの手紙が挟まっていて、『星兎』の粗筋であるとか、著者の言葉なんかが書かれているのだが、それによると、
少年とうさぎの偶然の出会い。そして少年が初めて出会う心の揺れ動き。その一瞬を、永遠にまで昇華させた作者独自の感性が、青色の物語に包まれ、新たな文学の境地を切り拓いています。著者いわく「涙なしには語れない、種を超えた、ホモセクシュアル・ラブストーリー」。(注:太字引用者)
うご、そうだったのか!? どひゃ〜(@@;。
ともあれ、有り難うございますだ〜(;_;)。
うわー、風虎日記7/15からもリンクされて、初めて一日のアクセス数が200を超えた……。というわけで、昨日の続き。
私も風野さんの風野さんの日記の幼児性愛者の権利については、それほど違和感は抱かなかった。女の子を連れ回していた男が逮捕された時に、「あー、本当に可愛かっただけなんだね」という話を友達としていたり。「そういうふうにできている」人というのが存在するということには特に違和感は抱かない。だって、自分自身が時々「うっわー、人間ってそういうふうにできているんだ」と思うことがあるじゃない。心の動きも「そうなるようにできている」ような気がするというか、人間って心も体も化学反応で動いているんだなあ、としみじみ思ったりするよね。だから、「そういうふうにできちゃった」人というのもいるだろうし、それは本人にしてみれば(器がそうなっちゃっているんだとしたら)いかんともしがたいことで、そういう心の動きを否定することなどできるわけがないということも、わかる。愛することが、全て犯罪という哀しみも。
ただ、やっぱり、仮に自分に子どもがいたとして、そういう人が近所にいたりしたら、近づけさせないだろうと思う。自らを守る術を持たない子どもを、危険から遠ざける義務はあるとおもうし、そうすると、やっぱり。幼児性愛者=犯罪予備軍というわけではない、けれども、私は公平にはなれないとおもう。
まあ、実行しなければいいんだけれども、ね。いる/するでは大違い。でも、やっぱり悲しいよね。本当に。
んで、確かに日本の性犯罪に対する法律は、信じられないくらい甘いし、ゆるい。刑罰もそうだし、だいたい裁判制度も絶対に変だよ(;_;)。どうして集団でレイプされた女性が不起訴で示談でなければならなかったのか?(=>掲示板#9) あれを読んだ時は真面目にむかついた。女性側の悔しさを思うと、もっとどうにかならなかったのかなあ。でも、やっぱり当事者にはきついんだろうなあ。被害者が法廷に出なくても裁判は出来るらしいけれども、どうしてもっとちゃんとした制度を作らないのかは疑問。やっぱり軽く見られているような気がするぞ。
えーっと、人より非道に(笑)早い夏休みで、今日から1週間ほど更新はありません。うがー! チャンスなのに〜<何の。つーか、俺にカレーを食わせろ〜って感じなのに〜(;_;)。
幼児性愛については、掲示板(留守中はROM)にちょっと書きましたが、幼児性愛者と、大人の女性に相手にされないから抵抗力のない幼児にしか目がいかなくなる(?)、というのは違うとおもうんですが、どうなんでしょう? そもそも幼児性愛というのが先天的なものなのか、だとすれば何に起因するのかとか、まあ、そういうことはわからないんですが、うーん、きっと色々なんだろうけど。
んで、後者もいっしょに認めるべきなのかな、とか。大人の女性の代償として、簡単に屈服させることが出来るものとして幼児を捉えているとすれば、それは単なるエゴの結果ですよね。まず、己の欲望が先にある。多分、それとは違うんですよね? でも区別はどこにつけるんだろうとか。色々とやっぱりぐろぐろしてしまうんですな。
ってことで。ここが問題なんだとおもうです。