9/30 13時〜19時ごろまでの受信メールが全て消えてしまったようです。現在、サポートで調査中ですが、この間にメールを下さった方は、申し訳ありませんが、ご連絡下さい。なんでやねん、まったくもう。
なるほど、これは『グラン・ヴァカンス』の後に読んだほうがいいね。
んで、『夏の硝視体』を読んでいる間、なんとなく気になっていた藤井さんの『グラヴァカ』感想が、頭の中でずっとオーバーラップしていた。ということで、その時に考えていた事など。反論や批判ということではなく、自分はどう読んだんだ?という連想みたいなものなんですが。
まず一点。私のコンピュータ関係の知識なんて、もう10年近く前の(をっと)大学の一般教養程度(一応「情報学科」の名がついているとは言え)で、さらに記憶はとっくに霞がかかっているけれども、"AIをマルチタスクで走らせる"(藤井さんの感想より引用。以下同じ)必要はないように思える。あのシステム内での時間の流れ方は、現実のものと比べてかなり早いようなので、1つのロールを例えば5日間演じたい客がいたとして、現実に5日間それを占有するわけではないから。今のところ、その速さは想像するしかないのだが(あー、むしろ人間の脳味噌の処理速度の限界が問題になるのかな?)、使用中のロールにはロックをかけておいて、順番待ち、あるいは別のロールを割り当てたところで問題なく運営できるのでは(仮想空間と現実世界での時間の流れの差が、イアン・バンクス『フィアサム・エンジン』のクリプトぐらいあれば、問題なさそう)。
第一、あの世界、区界の前提条件が「ただひとつ、現実と同じようであれ」(SFM46p)である以上、同じキャラクターを同時に立ち上げるのは無理でしょう。ドッペルゲンガーになるのを防ぐために、プロセスごとに世界を並行に走らせるのでは、余計にコストがかかる。それら全てを矛盾なく、必要に応じて分裂・融合させつつ、運営するなんてことは、考えにくいし、そんなことをするくらいだったら、限定された小さな空間、少数の精密なキャラクターをそのたびに作っていったほうがいいだけの話。この小説の存在そのものを否定する事になってしまう。
「ただひとつ、現実と同じようであれ」などという、無理・無駄・無茶で、その労力に見合うメリットがまるでなさそうな条件が、なぜここまで徹底されるほど、重要なのかということ。それが、多分、私が藤井さんの感想を読んで感じた違和感の中心にあるものだと思う。
ところで、私にはそっちの気は全然ないのでよくわからないのだけれども(なんか積極的に調べる気にもなれないんだが)、サドマゾのサディストというやつは、SMクラブみたいなところで、ムチでびしばし叩いて、相手によがられて嬉しいんだろうか? 確かに、Sの人は叩きたくて、Mの人は叩かれたくて、そこに需要と供給の関係が成立して、SもMもハッピーなのかもしれない。でも、痛がらせたくて叩いているところを、喜ばれたら無茶苦茶白けないかな。でも、喜んで叩かせてくれる人しか、おいそれと叩かせてくれないし、本当は叩きたい「叩かれるのが嫌な人」を叩いちゃうと、それは犯罪になっちゃうし、仕方がないからそういう人だけを叩いているのかもしれない。ま、想像するだけなのだけれども。
で、『夏の硝視体』に戻るんだが、この短篇にはその無理・無駄・無茶だけで出来あがっているような話だった。 AIが【キスによってアイデンティティ境界を透過】し、【癒されるためにセックス】する。しかも、それらの行為は、そもそも客不在、コスト度外視の、純粋にAIのシステムに組みこまれたメンテナンスだ。感覚シミュレートに要する負荷については、『グラヴァカ』でも触れられていたが、単なるメンテナンスに、そんなお飾りみたいな行為は必要ない。尤も、この場合のジュリーの性癖は、ゲストへのキャラクターアピールにも直結しているわけだけれども、それにしたって、上辺ではなくゲストに見えない心の機微まで、こんな風に再現する必要がどこにあるのか。過剰にロマンチックで、徹底的にセンチメンタルな設定。それが「小説のための設定」だとしたら、本当につまらないものでしかない。でも、これに象徴されるいびつで偏執的なヴァーチャル・リゾート空間に、私は変態的なシステム設計者の意図を感じ、それを「美しい」と思ってしまったのだ。
『グラン・ヴァカンス』にしろ、『夏の硝視体』にしろ、私には"小説のキャラクターに必要な厚みのようなものがまったく欠けている"とは感じられない。非常に人工的で意図的で、作為に満ちたキャラクターはむしろこの小説ではプラスであり、この上なくバランスが良くて、ちょっと芸術的。「Artificial Intelligence」だからね。
さらに、AIたちは、陵辱され、心の傷を抱きつづけながらも、ゲストを歓待するように設定されている。また、どれほどダメージを受けても、逆にどれほどの喜びを得ようとも、基本設定は変えられない。設定書にある通りの人格のまま、それには決して逆らえないのだ。
1000年という時の流れの重みが、『グラヴァカ』には欠けていて、それが気にならないでもなかった。が、これも、それを感じないのがミソであり、萌えポイントなのだ(私的に)。同じ日々に倦まないのは、彼らに「倦むことが不可能」だからだろうし、夏以外の季節を望む事がないのも、「彼らが夏を愛している」からなのだろう。記憶し、体験し、日々は過ぎるのに、変わる事ができないAIたち。肉体的な成長はなく、では、精神的な「成長」は? 「夏の区界でなら、それは危険ではなくって――救いではないの?」(SFM48)とジュリーは言うけれども。
AIたちは、過去のなかったできごとの記憶や、「ただひとつ、現実と同じようであれ」ということも含めて、「設計者のロマンチックな価値観」に縛り付けられて、「ロマンチック」を強制的に演じさせられている。それは、踏みつけにされ、壊される時に最も残酷であることを演出するためなのではないか。だから、やりすぎなくらい「人間のように振る舞う」ことこそが、彼らの存在理由なのではないか。そんな悪趣味な考えにものすごくそそられる私は変態か?
でもまあ、こういうところで変態的行為に勤しみたい人よりも余程、普通にお父さんごっこしたい人の方が多いような気がする。こういう海って、行ったことがないから、私は憧れるんだよなあ。
とかまあ、そんな感じなんだけれども、まだ11月号掲載分を読んでいないんだな(^^;。的外れだったら恥ずかしいぞ。つーか、長すぎ……。
=>ちと続く
テレビがついにいかれてしまった。これまでも突然砂嵐が起こったり、画面ががさついたりはしていたのだが、ここ10日ほど頻繁に画面が墨汁色にそまるようになってしまった。音は普通に聞こえるし、叩けば大抵元に戻るのだが、もう10年使っているものだし、いい加減寿命だわな。これを機会にジョニィを見習って、テレビなし生活というのも考えたんだけど、今日、これから『ロード・オブ・ザ・リング ― コレクターズ・エディション』が届くんだから、そういうわけにもいかず。
というわけで、秋葉原の石丸でアイワの14インチを購入。当然モノラルで、11,980円。シャープの方が100円安かったのだが、どうせならAVまわりをアイワで統一したかったので(痛)。これでコンポ、ビデオ、テレビがアイワ製だ。……。
物は金曜日に届くのだが、壊れたテレビはダイエーのプライベートブランド(……安物買い……)だったので、電話してみたら引き取りに4700円もかかるってか(@@;。恐るべし、家電リサイクル法。石丸引取りにしてもらったほうが良かったのかも(3700円だが、平日夜届けてくれない)。ダイエーまで運ぶのも遠いしなあ……。
にしても、早く来い来い、宅急便。
届いた〜。やた〜!! これから見ます。ちなみに赤のドワーフでした。一番多いやつ?
うわああん、1600円だったとは言え、やっぱり高い方を買えば良かったのかと、ちょっと後悔しちゃうよ、こりゃ。追加シーンおいしすぎだし。
とりあえず、生でぐるぐるしているガンダルフが良いです。アラゴルンはスケベ顔だと思います、すごく。
翻訳SFファン度調査に便乗するSFの属性+売れ線属性調査っぽいの。面白すぎ。
結果は、こんな感じ。
貴方自身の中の比率で言うと、人情属性で、硬派なのか……。バンカラっぽい?<ちゃうか。
貴方は人情属性でSF属性で硬派属性の人です。
(属性ポイント過半数を占めてる。)
世間との比較で言うと、
貴方はそれ程濃ゆい人ではないようです。
(平均の3倍を越えてる属性がない。)お薦めの未読本は
『銀河おさわがせ中隊』(92) ロバート・アスプリン
『世界の合言葉は森』(90) アーシュラ・K・ル・グィン
『たったひとつの冴えたやりかた』(87) ジェイムズ・ティプトリー・Jr.
『ドゥームズデイ・ブック』(95) コニー・ウィリス
『ギャラクシー』(87) ポール、グリーンバーグ&オランダー編
『愛はさだめ、さだめは死』(87) ジェイムズ・ティプトリー・Jr.
『宇宙のランデヴー2』(91) クラーク&リー
『タウ・ゼロ』(92) ポール・アンダースン
10/5AM0:40現在で、参加残り枠4です。一応、もうしこみ締切は5日中ではありますが、迷っておられる方は、お急ぎくださいませ。
古いテレビはカートでダイエーまで自力で運ぶ事に。距離的には普段のお散歩に比べると屁の河童なのだが、カートに大荷物ではそうもいかず、暑さもあって、汗だくになってしまった。
代金は4700円プラス税で、5000円近くになった。新品の半額かよ!?とかなり理不尽なものを感じるのだが、うーん。うち、冷蔵庫もダイエー製品なんだよな……。
結局、一番安く済ませるためには、まだ故障する前にリサイクル店に引き取ってもらい、新しいものに買いかえるという方法なのだろう。だったら、ゼロか、もしかしたらプラスになるかもしれないわけで。ただ、そういうメンタリティは、私にはあわんなーとか。壊れてどうしようもなるまで使いきっちゃう性質だから。
この日はなんだかんだで、12kmくらい歩いた。久々に筋肉痛。つーか、この程度の歩きで筋肉痛になるのはショックだよ。
食べ物やさんで相席になった女性に、「煙草いいですか?」と聞かれてしまった。私は煙草排斥主義者なんで、勿論いいわけない。だって、どんな食べ物でもそうだけど、臭いによって味の受け取り方がまるまる変わっちゃうわけで。でも、相手のほうが先に席についているところに、ご厚意でご一緒させてもらう形だったこともあって、答えに窮し、一瞬完璧に固まってしまった。でまあ、「じゃあ、やめておきます」とにっこり言われたわけなんだけれども、彼女と連れの男性はものすごいニコチン中毒らしく、頻繁に席を立っては店の外へ煙草を吸いに行っていた。
マナーを守っていただけたのは、本当に嬉しいが、当然のことだと思う(世の喫煙者の全てがこのようにあってくれと思うさ)。ただ、こちらとしても申し訳ないような気持ちになって、居心地はあまり良くなかった。ああまでして吸いつづけなければいけなのかと思うと、とても気の毒ではあるが、正直言って、凄く滑稽だ。そこまで苦労して口や鼻を燻しながら食べて、まともに味わえるとは思えんのに、「喫煙者を見るには、喫煙者の目がいる」ってことなんだろうなあ。
「吸っていいですか?」と聞かれたときの返し方、というのは結構難しくて、私はその度に今回みたいに固まってしまう。言外に、「吸っていいよね?」というニュアンスがあるように思えてしまうんだが、考えすぎ? すっと、「ご遠慮願えますか?」みたいに言えればいいんだけれども。コンタクトシミュレーションが必要。
どうか喫煙者には、正常な空気こそがデフォルトであり、煙を撒き散らすのは害悪だという意識を持っていただきたいと思うよ。なので、飲食店全面禁煙、とまでは行かなくても、禁煙者優遇はしてもらいたいなあ(レジ周りを禁煙に、とか)。特に某中国茶店。頼むよ〜。
とりあえず、今回のカップルには有難う、とちと感謝。しておこう。
下半身がどうしたって痩せないのは、やっぱり猫背のせいだということで、姿勢改善を決意する。って今更ですが。
会社で椅子に座る時は、ひざ掛けを丸めたものを腰の後ろにあて、帰り道も鞄をいつもと違う肩にかけて、胸と腰に意識を向けて歩いてみた。その疲れる事。背筋がなさすぎるんだろうなあ。確かに、腹筋はやっても、背筋はあまりやらなかったから。バランス良く鍛えないと。ストレッチ。スパスパの「オットセイのポーズ」が失敗が少なそうでいい感じ。
それからむくみが酷いのもどうにかしたい。冬冷えると辛いし。
髪を少し伸ばしてみようかなあと思ったりして。これからの季節なら、うーん、なんとか。
のびー。
うーん、そういう取り越し苦労の話だったのですか? やっぱりよくわからなかったりするんだけど、まあ、いいや(*1)。
今回、私は藤井さんの感想に影響を受けた状態で、「夏の硝視体(グラスアイ)」を読んでしまったと。そりゃもう切り離せないくらいに。影響を受けた事は私の勝手なのだが、こういう時は、リンクする方がすっきりするだろうと思っている。相手によりけり、状況によりけりではあるけれども、これに関して、私はリンクしたほうがいいと判断した。その方が誰にとっても、色々な意味で、分かりやすいから。私が書いたものが、どう影響するかという事も含めて。分かりにくいものを書くと、誰に迷惑がかかるのかもわからないからね(経験談)(*2)。
何であれ、Webに書かれたものは、その場に存在するだけで、あらゆる方向へ干渉する力を持ち得る。しかも、大抵、書いた本人の意図とは関係なしに起こる。それは物凄く自然で、当たり前のことだと思う。それでいいんじゃないかなあ。何かが起こったらその時で、という覚悟は常に必要ではあるけれども。とか言ってみる。
それと感想リンクの話は、少しずれると思うんだけど。うーん。今言われている形の感想リンクは、日本の読書系Webサイトでは、多分私が一番最初に始めた事だと思う。(ちゃうかな、ちゃうかな? 川島誠が1997年ごろ。タイトルごとのリンクデータベースという形では、ジョニィのどっかんリンクスがあるけど)。私に関して言えば、無茶苦茶知名度の低い作家も、「あたかも流行っているように見せる」ことを目的に、かなり意識的に振る舞ってきた。それが足を引っ張った事も、確かにあった(ずびばぜん)。だから、おおたさんの従来のポリシー「リンクした相手の文章にはふれない」もいいなと思っている。けど、それって滅私なのな。
まあ、人それぞれ、その時々ってことで。
イタタタタタタタ。多分、もう見ない。
整体。私の筋肉で水泳を見ぬき、「Tarzan」を薦めてくれた兄ちゃん先生に、猫背を相談してみる。すると、「そんなことはないと思うけど」と言われてしまった。えー。絶対猫背だってばよ、と思うのだけれども、ここ2日の鍛錬の成果か(そのおかげで背中が引きつっているのか)、上手く猫背を再現できない。足の長さも同じらしい。骨盤もそんなに歪んでいないそうな。ううむ。
いやしかし、私は猫背なのである。会った事のある人は知っているだろうけど、本当に姿勢が悪い。おかげで、去年154だった身長が、今年は153になってしまったくらいだ。「猫背じゃなくても、猫背みたいに見えちゃう人はいるからね」「どういう場合ですか?」「筋肉がつきすぎちゃって、(肩を前に突き出して「巾」の格好)こんな感じで」……そんなに筋肉ついてないと思うんだけど、私。
でも、とりあえず背筋はつけないといけないらしい。あと、猫背矯正ベルトもやっぱり有効なのだそうな。付けようかなあ。
「航路(上)」 コニー ウィリス (著), 大森 望【 bk1 / amazon / Yahoo! / 旭屋 / Jbook / 紀伊國屋 / 楽天 / skysoft 】
「航路(下)」 コニー ウィリス (著), 大森 望【 bk1 / amazon / Yahoo! / 旭屋 / Jbook / 紀伊國屋 / 楽天 / skysoft 】
会社帰りに見つけてぱらぱらとめくってみたら面白そうだったのと、冬樹さんの「論理的に進んで論理的に終わる。〈週刊読書人〉にも書いたんですが、なにもかも論理的に説明できてしまうからこそ最終章は泣けます(私は最終章でキたクチで)。」ってところに萌えのツボをぐっと押されたので。bk1に注文(上/下)入れて、金曜日には届くかな、と期待。やらねばならんことはてんこもりなんだが、ダサまでに読めればいいなあ。
そか、萌えで語ればいいのか、と思いついた。以前、萌えと属性の違いという話のときに、私は「属性は人から指摘される事があるが、萌えは絶対に人からは指摘されないものである」と思ったのだが、どうか。
ちなみに私は徹底したシチュエーション萌え人間です。
昨日の19時注文で、今日の16時受け取り。bk1(上/下)速っ。
%エドワード・エドワード『望楼館追想』文芸春秋
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つねに白い手袋を身につけ、他人が愛したものを盗み、蒐集し ている《ぼく》が住むのは、古い邸宅を改造したマンション“望楼館”だ。人語を解さぬ“犬女”、外界をおそれテレビを見つづける老女、全身から汗と涙を流しつづける元教師、厳格きわまる“門番”…彼らの奇矯な住人たちの隠された過去とは?彼らの奇行の「理由」が明かされるとき、凍りついていた時間は流れ出し、閉じていた魂が息を吹き返す…。美しくも異形のイメージで綴られた、痛みと苦悩、癒しと再生の物語。圧倒的な物語の力と繊細なたくらみをそなえた驚異の新人のデビュー長篇。