ざぼんの皮 2001年 11月


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Nov.5,2001 (Mon)

東京観光

 またもや雨の横浜中華街、粥はうまい。杏仁豆腐もうまい。東京タワー、登るのに1,400円もかかるなんてっ。ほとんど行列を並んでいただけのような気も。隅田川は水上バスに限るわなってことで、もんじゃは猫舌の人には食べられないよ〜ん。雑煮は出汁が絶品予想外。

 週末は東京観光&ご近所超グルメツアーでした。楽しんでいただけたかしら? また来てね〜。

WorkPad c3(50X)

 ってことで、ほぼ完璧にオフライン状態が続いて、何かと色々と貯まっておりますが。

 買ってしまいました。

 そもそもは、Visor Edgeが値下がりして、ビッグカメラで買えばポイント込みでkakaku.com最安値並だよねってことで、出先からの帰りに買うぜ!という勢いだったのが、肝心のカードを忘れてしまったのだった。とほほな気分で秋葉原をさ迷っていると、当日開店したばかりの有楽町ソフマップで、似たようなスペックの(但し、拡張性がない)IBMのWorkPadが9,800円だよ!というタレコミをいただく。即攻で移動して(途中なぜか御徒町に行ってしまったが)、残り3箱程度、レジ前でMP3プレイヤーに埋もれていたc3(50X)をゲット。ああ、こんなに安くて済むなんて。ありがとうございます〜。

 早速、いらって見ると、思いのほか使いやすくてびっくり。起動も早いし、何よりスタイラスって書きやすいんだなあ。附属の表を見なくても、あてずっぽうでだいたい打てる。タッチパネルの反応もいいし、インターフェースが親切でよろしい。うーん、なんかものすごく良い機械のような気がするぞよ。Windowsではあまりこういうことを感じたことがないんだけれども。

 とかなんとか言いながら、ThumbTypeを買ってしまった……。ビックカメラで。ザウルスほどの快適さはないが、ソフトもいいし、慣れれば早く打てるかも。

 しかしこれでも、Edge買うより安くついているんだよなあ。すげー。ああ、でも可愛いケースが欲しいよ〜。IBMのデザインって、可愛げがないんだもん。

去年の俺様

Nov.6,2001 (Tue)

北野勇作『男大学』届く

 クラゲについて。んなもんをこの話で追求して楽しいのか? とのこと。んと。追求なんてしてないっす。うーだって、そのまま「書いてある」んだもん。なんてことを言うと嫌がられそうですが、無理矢理追い求めることは不要&してませんて。見たまんまなんだからしゃあないじゃないですか〜ってことで、続きはお会いしてから<やるんかい。

 というわけで、申し込んでいた北野勇作所属劇団虚構船団パラメトリックオーケストラ公演『男大学』の当日清算券が届きました。ありがとうございます。へへへへ。かめ生写真&北野勇作名刺(森川弘子作)が付いていて、超感動。……つーか、このかめ写真は……(--;;;;。とても危険なスナップです。うわーうわーうわー(大汗)。ルーペ〜。

 今のところ、がんばって行くつもり。

最近、

 藤井隆が快感になりつつあって、我ながらちょっとイヤ……。くー。

去年の俺様

Nov.8,2001 (Thu)

ドラマ『スタアの恋』

公式サイト

 うう(T-T)。なんか最近自分の好みの傾向がああぁぁあああぁ。好きかどうかはあまりよくわからんのだが、この番組つけているとドーパミンがどばーっと……。

 これって、SFおしかけ女房(SFじゃないけど)だよな。私はSFおしかけ女房好きじゃないっつーか、嫌いなはずなんだけど。

 平凡なサラリーマン(草なぎ剛)にトップアイドル(藤原紀香)が突然恋人宣言。いきなり部屋にやって来て、デートに誘うわ、風呂に入るわ、お泊りするわ、でもプラトニック。藤原紀香はロボットだかアンドロイドだか宇宙人だかという感じだし、草なぎ剛も純朴でお人よしで善良でやる気はないけど前向きな……という型どおりのパターン。今日も世間知らずで苦労知らずな押しかけ女房に元気付けられ、主人公が一念発起、こんなことあるわきゃねー系ハッピーエンド。ああ、ますますSFおしかけ女房(SFじゃないけど)。

 なーんて筋はどうでもよくて、そもそも1話目を見ていないから、どういういきさつでこうなったのかも知らないし、別に調べる気も起きない。たまに画面を見ると、正面のショットばかり多くて鬱陶しい。まあ、聞いているだけというのが正解なんだよな。

 ふと思うに、私はどうも藤原紀香が好きらしい。声が。台詞は腹立つんだが、声で相殺しちゃうくらい。顔は、割と変わった顔なので、あまり好みじゃないのだが、スタイルは好きじゃのう。

 ああ、自分がどんどんオヤジにっ!

佐藤哲也とSF

 前回/佐藤哲也関連トピック
 :→おおたさんの日記/向井さんの日記/向井さんの書きこみ

 長らくほうったらかしですみません。腰を据えて書こうと思っている内に、どんどん時間が〜<って整形ぐらいしろよって感じですが。今もあまり腰据えていませんが(^^;。

でも結局のところ、要約してしまうと「それにはSFのマインドを感じる」という発言と大差ない/向井さんの書きこみ

 ですか、うむー。説明としては、

小説(には限らないけど)の中に描かれている物事と、読者の中(作品の外)にある従来の価値観や知識とを照らし合わせながら読むような読み方……という言い方で通じるかしら。物語に没入して、その世界の中で、その中の時間や、その中の人物と共に進むだけではなしに(恋愛小説なんかはこのパターンじゃないかな)、常に読んでいる自分の知識、意識、心を持った状態で、読む。だからこそ、読者の側に「認識の変容」が起こり得る。いわゆるセンスオブワンダー? /ざぼんの皮(010529)
 というので足りていると思うのですが、「SFマインドを感じる」とはちょっと違う気が、つーか、あそうか、「SFマインド」と「センスオブワンダー」は私の内部では明らかに別物で、そのあたりの説明が足りなかったかも。

 「センスオブワンダー」は、SF以外にも多分ある感覚で、決して「SF」の部分集合ではなく、「センスオブワンダー」=「SF」ではない。

 対して、「SFマインド」って、「科学萌え〜」「宇宙萌え〜」「ロボット萌え〜」とかそういったもの(ガジェットに対する意気込みとか)や、「SF」というジャンルそのものを意識した上で、「SFに捧げられたモノ」、あるいは読者側の「SF萌え装置」というふうに感じているんだけれども、でも、これもオレ定義なので、普通は違うのかも。ていうか、私は多分「SFマインドに溢れた」小説はあまり萌えないような。

 まあ、そういった、「SFマインドに溢れた」作品は、本質的にSFであるかどうかが重要だけれども、そうじゃない作品はそんなことはどうでもいい。つーか、SFかどうか、ジャンルが何よ?というのは、小説作品に対して与えられる属性であって、ジャンルに小説が帰属するものではなかろう。『ぬかるんでから』文芸春秋(2001)【bk1/amazon.co.jp】は決して「SFマインドに溢れている」からSFなのではないし、別に著者もSFだと思って書いているわけではないような気がする。アンソロジー『日本SFの大逆襲!』に掲載された「ぬかるんでから」でさえ、別にSFマインドに溢れているとは思わないし(むしろ、からきしない)。

 佐藤哲也が書くものは、SFであり、純文学であり、幻想小説であり、ホラーであり、ファンタジーであり、「小説」そのものでもあるのだろう。そのどれとでも言うことは出来るだろうし、どれと言っても上質であることは間違いない。そして、SF的センスオブワンダーに溢れていて、むしろSF読者なら充分に萌えられるからSFであり、読者側の「SFマインド」は大いに刺激するものだと思うのだが、それは結果的にそうなるってことで、私にとってはSFなのだった。「SFマインド」を持ち合わせていない(あるいは、それをSFだとは思っていない)読者にはそんなことはどうでもいいのであって、それはああ、余計わけわからんか。

 ああしかし、完成している長篇が未だ出版されないことが、わたしの書く物のポジションがはっきりしないということも多少は関係しているのかもしれません。というのはあまりに切ない。SFとして読んで面白いんだから、SFでいいじゃないか。幻想文学として(以下略)、純文学として、愛妻文学と(略)

 ああ、やっぱり腰が据わってないぞ。つづきは(以下略)。

去年の俺様
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