復刊ドットコム『世界の果てまで何マイル』
【bk1でビッスンの本を検索】
……こういう本を読むと、猛烈に自分の罪深さを思い、やり切れなくなる。「え、この本目録落ちなの!? なんで!?」「買わないあんたに言う資格ないでしょ!!」 とか、やり場のない憤りと、自己ツッコミと、それから自己弁護と諦め。\
実際の話、この本が出た1993年というと、私はつくばで大学1年生をやっていて、海外SFがまだまだ苦手で、読もうとさえしなかった頃だ。だから当然、早川文庫の青背なんて小難しいと思いこんでいて見向きもしなかったし、この本の存在は知るはずもなかったのだ。おまけにこれ、読んでみるとわかるのだが、明らかにSFではなくて、むしろFTに入れるべき種類の小説だ。ちなみに私は海外ファンタジーに対してはSF以上に強い苦手感があって、未だにほとんど読む気が起こらない。だからSFで出てくれたのは私にとっては幸いだった。あと、1ミリ、何かがずれていれば絶対に出会わなかった小説だ。それを読むことができた幸運を喜ぼう。
んで、『世界の果てまで何マイル』を買ったのは多分1998年ごろのはず。当然古本屋で。この時既にビッスンの2冊目『赤い惑星への航海』も目録落ちしていたので、多分『世界の果てまで〜』なんて品切れだったのだと思うが、古本屋でさえ滅多に未読の本を買わない(筈の)私が、なぜこれを買ったんだろう。多分誰かのお薦めを読んだ上で、タイトルと、夕暮れのハイウェイを男女(女はポニーテール)を乗せた赤い車が飛んでいる表紙と、手ごろな薄さ(250p)に惹かれたからなのだと思うけれども、よく覚えていない。
買ってから、2,3度読みかけてもいた。でも、そのたびに挫折。文意が取りづらい箇所が冒頭にあって、その度に2ページくらい戻って読み返していたから。その後も、時々代名詞が誰のことを指しているか分からなくなったりして、放り出していたのだった。今回も引っかかるのは同じだった。ただ、その箇所を一旦保留して先を読み進めば、後から遡行して解釈を決定できることがわかったので、時折行きつ戻りつしながらも、読み終えることが出来た。いやでもマジで相性悪いのかも。
御託はこれくらいにして。以下、本題。
彼は年寄りだった。時の終わりでこの世界の夢を見ている魔法使いトーキング・マンは、ケンタッキーで小さな自動車整備工場を営んでいた。10年前に妻を交通事故で亡くし、今は娘のクリスタルとの穏やかな二人暮らしだ。ところがある日、整備工場が謎の女の襲撃に遭い、トーキング・マンはたまたま居合わせた大学生ウィリアムズの車で失踪してしまう。残されたウィリアムズは、クリスタルと一緒に、工場にあったポンコツ自動車でそのあとを追い、ついに北極までドライブすることに……。
見かけは四十五歳から六十歳といったところだが、それより年をとっていた。山々より年をとっていた。人々が使う言葉や、言葉で語るものごとより年をとっており、彼が商談のときしゃがみこむ地面より年をとっており、石より古いものより年をとっていた。
ウィリアムズとクリスタルは、ほとんどずーっと、車でハイウェイを走っている。立ち寄るところといえば、ガソリンスタンドかモーテルくらい。銃撃戦もあったりするけれども、読みどころはそこではない。トーキング・マンを追って、謎の女に追われながら、北へ北へと向かううち、穏やかで、ささやかな違和感が、静かに少しずつ現実を浸食し、シフトさせていく。
この世界には魔法があるけれども、それはやっぱり特別な物で、そうそうあるわけではない。風に運ばれてくる幻の花の香りのように、さりげなくほのかなものなのだ。それが旅を続けるにつれ、少しずつ濃度を増し、いつかその花の姿がちらりちらりと見えてきそうな錯覚さえ覚え始める。そんな風に世界が変わっていく、その動きこそが物語なのだ。
そして、この魔法使いは、トーキング・マン(原題は"TALKING MAN")という名前の癖に、一言も喋らないし、たいした魔法も使わない。ひび割れた車のフロントガラスに泥を塗って治しちゃったり、ジャッキ代わりに車を持ち上げたり。この世界を夢見る、いわば全能の、世界の主そのものであるにもかかわらず。
たぶんトーキング・マンはあまりにも見事な夢を見すぎたのだ……
あのね、愛だと思うのですよ。この小説のあらゆるところに、物言わぬ魔法使い、トーキング・マンの愛が溢れているのですよ。
昔々、自分が夢見た人間の娘に恋したトーキング・マン。二人は愛し合い、結婚をし、娘もさずかり、トーキング・マンは妻の尻に敷かれ、自動車整備工場で幸せに暮らしました。そして……。それからのお話。
トーキング・マンの亡くしてしまった妻への思い、大切に育ててきた娘への思い。町の人々への思い。文字通り儚いこの世界への思い。ジーンへの思い。
例えばそれはトーキング・マンのふとした仕草から、クリスタルの言葉の端々から、ウィリアムズと交わした視線から、滲み出してくる。本当に些細な描写であるにもかかわらず、それがどれほど深いものかに震えが走る。
物凄く豊かで、深くて、楽しくて、悲しくて、切ない。本当にいい小説だ。どうしてこの本が……!!というわけで、振り出しに戻る。
昭和30年代、貸本屋にしか置かれない小説があった。昭和のウラ大衆文学の爆笑ワールド!無責任な奇想、ちゃちな人間描写、知られざる傑作を詳細解説。
第1章 ミステリ・SF(完全無欠のスーパーヒーロー―城戸礼;限界に挑む奇想のデパート―宮本幹也;日本初のグルメハードボイルド―九鬼紫郎 ほか);第2章 時代小説(「ひばり映画」と歌舞伎再話―瀬戸口寅雄;ヘイケガニたちのロカビリーパーティ―井上孝;苦悩する「若さま」―高樹純之(水野泰治) ほか);第3章 現代小説(おてんば娘と冗舌居士―若山三郎;「破格」の面白さ―三橋一夫;老残の読物作家―竹森一男 ほか)
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/『ハウリング・ウルフ』
いやあ、それにしても楽しかった。ライブだから当然字幕が入らないから大丈夫かと思っていたら、案の定「私は沖縄弁しか喋れないから」とか言う。でも実際はほとんど標準語で喋ってくれた。でも、当然歌はほとんど向こうの言葉。『トゥバラーマ』(『ナビィの恋』で、島を追い出されるサンラーにナビィが歌う歌)に聞き入っていると、「こんなの歌詞がわからないのに、みんな真面目に聞き入っていてアホみたい。これは八重山の歌だから、私も歌詞がわからずに歌っていて、アホみたい」とか言うし。お喋りも面白いのなんのって。ちなみに登川誠仁も知名定男も幼少時は大阪で過ごしているからなのか、大阪弁も出ていた。
知名定男は登川誠仁の最初の内弟子(歌は知名定男、オン・ステージ・1、プロフィールも)で、この人の話も面白かった。沖縄返還前に大阪から密航して、台風の海をサバニで渡った話とか、内弟子時代の誠仁の悪行(?)とか。で、この人が「師匠はこんなこともできるんですよ」とけしかけて、誠仁がいやいや(照れながら)変な技を披露する。歌をさかさまに歌ったり、三線の棹を持つ手をぐるぐる回しながら弾いてみたり、色々な島の歌を立て続けに歌ってみたり。さらに「この曲はねー放送禁止の危ない曲だから」と言うから何かと思ったら『君が代』だった……。それもトレモロで。アメリカ国歌は散々『ナビィの恋』で聞いたけれども、『君が代』って確かにそのまま弾いても地味だからなあ。
ソウル・フラワー・ユニオンの飛び入りがあったり、カチャーシーも聞けたし、アンコールは『緑の沖縄』で締め。7時半開演で、8時くらいに真打登場で、終わったのが10時過ぎ。昨日まで入院していた(!)とは思えないパワフルさであった。芸人だなあ。
「TBS NEWS」ラベルのテレビカメラも来ていて、卑猥な歌を歌うときに「こんなの歌ったら筑紫哲也さんが赤くなっちゃうよ」と照れていたので、多分そのうち『NEWS23』で流れるでしょう。注目。
最後に一言。ああいう場所に長髪爆発パーマで来るのはやめて〜。しかも大柄な男の人で(私の目線は肩)、時々上をかきあげたり、無茶苦茶肩こった。休憩時間にさりげなく椅子をずらしたので、後半はそれなりに快適だったけど(^^;。
ああ、楽しかった。沖縄行きたいよう。
私の感想。ふと思いついて、なんとなく検索してみたんだけど、やっぱりほとんど反応がないのね。
読まれているところの評判はいいのだが。『誰が「図書館」を殺したのか』ってのはいいですね。過去形なところが特に(以下略)ついに、という感じ。1年ちょっとですか。お疲れ様でした。ありがとうございました。私にとっては、森山さんあってのbk1でした。たまにちょっと古い目の文庫を読んでも、ちゃんと24時間扱いになっているということもあった。▼なぜか24時間だって? 決まってるじゃないですか、bk1SFサイトは、取りあえずいま買える本はバカスカ在庫してるからですよ。俺が仮にいなくなっても、しばらく在庫は残るでしょう。(森山さん(4/4))。いつまでかなあ。途切れないで欲しい……。
森山さんがどういう経緯でbk1をやめることになったのかなんてことは全然知らないけれども、これまでの方針や姿勢が否定されたのだとは思いたくない。実際の売上とは別だろうけど、SF系日記更新時刻のブリーダー率の高さや、有里さん、青木みやさん、十夜さん、加藤隆史さん、松下さん、のとやさんをはじめ、各種便利ツールやマニュアル類が(それぞれの方々の思惑が実際どこにあったにせよ)、これだけ森山さんの周辺から派生したように見られることなど、やっぱり影響力は凄まじいものがあったのだと思う。
というか、このような善意の方々がいらっしゃらないことには、どうにも使いにくくてたまらないのは確かなので、感謝してます。有里さんが【bk1】のWebサイトとしての問題点(暫定版)をあげているけど、本当にいいところなしだなあ。必要な人に必要な情報を必要なだけ、なるべく簡単に提供するための工夫って、一番大切なことだと思うんだけれども。余所に広告を打つよりも余程容易なことでは。それだけで好感度は随分上がるし、だいたい欲しい商品が見つからなければ注文のしようもないわけでしょ。なんとかならんのかなあ。週刊bk1もどうしてあんなに大きくなくてはならないのか。これは1通受信して懲りたので、クレームのメールを出したんですが、相変わらずなのですね。ただでさえ重いのにホロスコープって(T-T)。
そうそうご注文になった際にお客様をお待たせする期間を、9月11日以降のご注文分から最長2週間に短縮だそうです。「在庫アイテムを増やすなどの改善をすすめてきた結果」というのは、割としんどそうなんですが……。しかも、「ただしセットものをご注文の場合のみ、従来通り3週間お待ちいただく場合がございます」ということは、各巻在庫のあるアイテムを全巻購入にすると、取り寄せ扱いという点は改善されないのかしら。セット物だけ別経路のままなのでしょうか。これって、多分bk1側にはやむにやまれぬ事情があるのでしょうが、利用者にとってはまるで謎なので、何とかして欲しいんだけど。商品はそこにあるのに、売ってくれないんだから。きちんとした注釈があるならともかく。
森山さんが抜けた穴を何方が担当するのかはわかりませんが、これまで築かれてきたものを台無しにしないように……。さらに良くなることを当然望むわけだけれども、どうかなあ。誠意が伝わるサイトになって欲しいよ、本当に。
マジで目頭が熱くなった。神様仏様デュアル様!! ありがとう!!
=>北野勇作
=>『クラゲの海に浮かぶ舟』
=>【bk1の北野勇作】
これは、何度も繰り返しているけれども、私にとっては北野勇作の最高傑作! いや、日本SFのオールタイムベストと言っていいよ!! SFSFSFSF〜。表現、技巧も完璧! その連続性に欠ける各章の叙述も、物語の必然から分断されているにすぎない。一見、取りとめなく見えるエピソードの連続に、あまりにも美しく、豊かで、切なくて、悲しくて、やりきれない「真の物語」が表現されている……。文字という透明なレンズを介して、紙の上ではなく、読者の頭の中にだけ完璧な物語の像を結ぶよう、細部まできめ細やかに磨き上げられた小説なのだ。
過去に何が起こり、今何が進行しているのか。
全てがそのためにそこにある。何一つ無駄な描写はない。
なぜ?と思ったときに答えは見える。大切なのは、物語の存在を否定しないこと。疑問を捨てないこと。心に何か引っかかる、その違和感にストーリーは隠されている。これは全てがやわらかに、しかしきっちり計算された小説だ。それを忘れずに、丁寧に描かれている風景を、一つ一つ頭の中のメモに留めておくこと。そうして、主人公の心の中の声に耳を傾けろ。要するに、目を閉じず、そらさず、切り捨てず、見えるものの全てを、見えるままに捕らえろということ。それだけだ。
復唱。
あそうだ、頼むから変な挿絵は付けないで!! ストーリーを台無しにするものは不可。『火星』は酷かったからな。怖いよ。もうタイミング的に遅いだろうけどさ。って、やっぱり橋本晋なのかあああ。うーん……。
台風がくるという日の10時初回でなんと立ち見が出ていた。ぎりぎり最後列に座れたんだけれども、もう2度と行くまい横浜オスカー。ああ、人込みを嫌わず、素直に銀座か渋谷に行くべきだったよ。画面が小さくて音が悪くて、席の段差がろくにないのはまあ、もういいや、しょうがないよ、大きな所を避けたんだから。でも、エレベーターに生ゴミの臭いが充満しているのはどうよ。しかも、隣の男が牛みたいにくちゃらべちゃらねちゃらぐちゃら口をぬちゃぬちゃ動かしっぱなしで、口臭まで。殺。いや、映画館が悪いわけじゃないんだけれどもね、これは。
とか、最悪の条件だったこともあるだろうけど、長くてだれて退屈しまくりだった。ビバップってこんなんだっけ? もっとテンポがよくて、キレがあったんじゃなかったっけ。それとも記憶が美化して、期待のしすぎ? 話や演出の無駄を殺ぎ落として、30分前後編にしてもらった方が嬉しかった……というのは言い過ぎにしても、もうちょっと何とかならなかったのかな。間延びしていて、気障な台詞がだらーんと落ちちゃっているし、ギャグも劇場無反応。登場人物の行動原理を無視した意味不明なご都合主義展開も気になったし、わざわざ映画にする話じゃないよな、だいたい、これ。
ただ、飛行シーンは力が入っていて格好良かったな。それから、格闘シーンが無茶苦茶面白く見られたのが、驚きだった。これは映画だから丁寧(つーか、しつこい)だったこともあるだろうが、私の方が動きに興味を持って見ることが出来るようになったからなのだと思う。こういう効能があったんだ。
あってもなくてもいいエピソードなので、私は26話でもういいよ。
しかし、何と言うか、もう楽しむ感覚が麻痺しているのかね。……幸せになりたい……。
びっくり、亡くなってしまった。とは言っても、まともに見たのはごくごく最近の『夏の庭』(劇場)と『お引越し』(ビデオ)くらい。どちらも地元読売テレビと組んでいたってことがあるかな。宣伝番組とか、CMとか、やたら目に付いたので。『セーラー服と機関銃』は見たことないし、『台風クラブ』は見たような気もするが、曖昧。
長回しが有名らしいけれども、好きだったのは『お引越し』でレンコが家出の準備をするカット。レンコが家のあちこちから、家出に必要なものを取り出しては鞄に入れていく長い長いカットなんだけれども、どの瞬間で止めても美しい構図に収まっていて、それでいて状況が無茶苦茶分かりやすい。スマート。いやもうマジで息を呑んだ。レンコ役の田畑智子は、あんなに真っ白になるとは思いもよらなかったくらい真っ黒でさ。桜田淳子も変な先入観があったんだけど、本当にいい演技をしていた。
もっと色々見ていれば良かった。