大学の友達、女5人で鍋を食う。鍋を食う。
あー、引用したいのに、本が見つからない! 誰に貸したんだろう。三原順『三原順傑作選'80s』白泉社文庫。
引用したかったのは、「ロング・アゴー」の最後で、ロナルドが姉たちの行く末について語るところ。
幸せは何かの対価に支払われるものではないし、不幸も同じ。でも、絶対に幸せにならなきゃいけない人間というのが世の中には、いる(私にその価値はないけれども。本当に)。
いるんだってば。
翌朝3人でお買い物。来月従兄の結婚式用の服が欲しくて、丸井をさまよっていたのだが、黒いワンピに一目惚れ。値段も買えない物じゃないだが、肩が紐なので、引っ掛けるものが欲しい。何しろ、今、二の腕筋肉むきむきなんだよ! しかし、高い〜。完璧予算オーバー。かと言って、ストールとか、羽(と店の人は呼んでいたが、ぽわぽわの襟巻きだ<名称を知らないらしい)とかいう不定形のものを着こなす自信はない。結局上は後から考えるということで、ワンピだけ買った。
しかし、ふと、大学1年の時に買った喪服のボレロが使いまわせるかもと思いついた。でも、実家だ。しかも、母記憶によるとサイズが今より2つも上!? ウぎゃ。今回だって、去年5月Rの結婚式用に買った服が1サイズでかくて困っているのに。いやしかし、あの頃の私はそんなに大きかったのか、それとも母は将来それくらいでかくなると思っていたのか。
手持ちが1冊になってしまった。補充せねば。
SFマガジンのCROSS REVIEWが『かめくん』なのか。これは買わねば。
ニムさん「ばりばりSFで、同時にSFとしてもSFという枠組みを離れても読者に訴える普遍性を持っているのではないか。あーでもSFと思わないと普遍性に気づかない可能性がある。」
そうそう、そこが問題なんですよ(T-T)。わからないと気付けないし、気付かないとわからないし、気付かないと気付けないし、わからないとわかれない。さらに、わからないことには、「わからないことがわからない」。んで、それはそれでOKなんですよ。「わからない」ことも重要な事実だから。あー、しかしこれでは作中の主人公と読者が見事なパラドックスを演じているってことか、今気付いた。すごいよ、ここまでやるか北野勇作!<ホンマか?(^^;
そうやって書けてしまう所が、北野勇作の最大の魅力でもあり、長所でもある反面、もう宿命的に損な部分でもある。結局のところ、これは当時どのような評価を受けていたのだろう。ちょっと、発行当時のSFMとかあたってみて、書評を見てみようかなあという気になっていたり。
……、って、こう言う風にのめりこむのは私の悪い癖なんでしょう。あああああああああああああああああああああああ。
#しかし、探すとなるとついでに森下一仁が紹介している「北見原発電所第四号炉の暴走」も強烈に読みたい。万年一号、ラヴ。
ちなみに、きちんと追うと、むちゃくちゃ綺麗です。もう奇跡です、この小説は。とにかく美しいの一言。ただし、私が追えていたとしたら、ですが(^^;。3読して、2読目が全く読めていなかったことが判明したりするので、読めば読むほどすごいことになると思う……。
復刊ドットコムの『クラゲの海に浮かぶ舟』、『昔、火星のあった場所』も投票よろしくお願いします。
人気シリーズ外伝書き下ろしアンソロジー『遥かなる地平2(SFの殿堂) 』(ハヤカワ文庫)収録。
『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』 、『エンディミオン』『エンディミオンの覚醒』の外伝。その後の話。
それ以前に、私はもしかしたら、キャラ萌えでこのシリーズを読んでいたのかも。だって、全然萌えないよ、セヴァーンもロールも出てこないんだもん<大間違い。
それはそうと、翻訳者・酒井昭伸による「翻訳者の物語」がむちゃくちゃ面白い。4部作を読み終わった人は必読。
パーティに参加する方(々)のお洋服買いに同伴。っても、本当は昨日買いそびれた上掛けを買っても良かったんだけど、やっぱりサイズは1つしか違わなかったので、喪服のボレロをとりあえず着てみることにして、私は保留。やっぱり服を買うのが苦手だと、疲れるよなあ。特に金額が大きいと(^^;。
その後、ケーキセットを食べて、すぐにイタリア料理屋でお食事。食っても食ってもまだ食える私はおかしいのかもしれないと危惧するほど、食う。おいしかったということもあるけど、ああ、まだ1品くらい!というのをこらえて(ソースが激旨だったので、フォカッチャは追加した)、腹八分目でデザート。これもうまうま。
ああ、しかし、ダイエットして大食いになってどうするよ。やばいよ、深刻だよ。
漫画だけど、bk1で買えます。
人に貸したものも忘れるし(ごめんなさい、おおたさん(T-T))、借りたものもちゃんと読みまする。
読みながら、なぜか思い浮かんだのは、林さんや森さんのお顔であった……。
何しろ、絶対的な知識量が不足しているので、どこからどこまでが本当なのか、法螺なのか、自分がついていけているのかに全く自信が持てない! セントラル・ドグマの話なんて、オチに来るまでマジで読んでいたし。駄目じゃん。
でも、やっぱり臨界ネタだよな……。実は、半分怖いもの見たさ的な興味でもって、週刊誌に掲載されていた「写真」を見てしまい、それは予想通りの写真ではあったんだけれども、なんというか、うーん……。理性とかそういうものを超えて、感情の部分を直撃されて、いやもう言葉にならんというか、ああ。
で、『ラヂオマン』は刊行されないの?
あれれれれれれ? ざっと読んだときには1段目を読み飛ばしてしまったんだけれども、大倉貴之の『クラゲの海に浮かぶ舟』に関する記述は、【ネタバレ回避のためのトラップ? 「可能性」だし】。2段目を読むとOKなんだけど。
大倉貴之「本書『かめくん』でも、物語の構造としては循環と揺らぎがあるものの、それは物語の背後にまわり、いわば黒子に徹している。そこが本書に小説としての洗練を感じる部分だ。」うん、「洗練」ではあるのかもしれない。でもなあ……、この「洗練」の方向性は、(私が勝手にイメージする)北野勇作的なるものを危うく遠くしかねない気がして、私はちょっと怖い。
ニムさん「『かめくん』(>感想)についてもヒラマドさんの言うこの点をつよく感じたのであった」なんですよ(T-T)。【『クラゲ』と『かめくん』は基本的に構造が同じなんだけれども、『かめくん』にはリミッターがかけられている。それはそれでいいっていうか、だからこそ、いい作品なのだ。このリミッターがないことには、これは成立し得ない話だし。でも、読者にはその分、もしかしたら「北野勇作的なるもの」が余計に遠くなってしまいそう。『クラゲ』よりもさらに目隠し耳栓をされた状態で、より注意深く、闇の奥の闇を見、沈黙の声を聞き、そこに「存在」する「空虚」を「穴」を「知る」ことを要求されるというか。】
下手すると、難度は『かめくん』の方が高い?
ああ、しかし、今月のSFマガジン、このために買ったんだけど、読めるところが極端に少ないのでは!? 菅浩江『博物館惑星』を読んでいないので、読めるのは草上仁の読みきりだけ。んな、アホな。
100円ショップで買ってきた、電子レンジ蒸し器が非常に便利。ちょうど肉まん1つくらいの大きさなんだけれども、タラの酒蒸しとか、もう楽で、おいしい。感激。ああ、もっと早くに買えば良かった。
bk1のSFコーナーランキング(2/19-2/27)では16位。む。
青木さん「SFというコードで分解しないと真意が理解できないほどSFだということは洗練でもあり、欠点でもある(注:私はそうは思わないけど)ということを真面目に検討した方が良いんじゃないかと思う。」
うーん、私もそうは思わないというか、「検討」って(^^;。
『かめくん』に関して言えば、読者がどの角度で読んでも、ちゃんと満足できるように、非常にマルチな書かれ方をしている。というか、リンクされている感想では、皆、それぞれがそれぞれの読み方をして、それぞれに満足しているように見える。ほのぼの物としても、癒し系としてでも、ロボット物としてでも、SFオマージュパロディ小説としても、社会風刺物としても、AI物としても、しみじみものとしても、泣かせ系としても、自己認識物としても、哲学物としても、そして当然亀物としても、まあ、呆れるほど色々。
要するに、これら全ての読み方をまるごと許せる小説に仕上がっているわけだ。素晴らしい。非常にそつがない。これが「洗練」されているということなのかもしれない。ただ、これが問題なんだ、とも思う。どんな入射角でも、するりと満足させてしまう。敢えてそれ以上深く入る気を殺がせてしまうくらいの充分な満足感を、あらゆる角度で手軽に読者に提供してしまう。それはそれで素晴らしい。どれが本当に浅いのか深いのかわからないし、どれもそれぞれ正しい読み方なのだ。北野勇作はこういう風に書けることが最大の美点であり、長所であり、魅力なのだろう。
でも、それと同時に、むちゃくちゃ損をしていもいる。これは「欠点」ではなく、「美点」であるからこその「損」なのだ。もう宿命。氷の張った水面を、ちょっとつつくと水が滲み出て、全く別の世界が広がるのに、氷は氷できれいだから、それを壊すのを「勿体無い」と思わせてしまう。これは「損」だ。そう思うのは、氷をつつきまわして水を染み出させる、その行為自体を私が好きだからだし、北野勇作の小説には、ちゃんと、つつきまわしても大丈夫なように(むしろそうされることを前提に)、氷の下にも豊穣の海が広がっていると思うからだ。ただ、ちょっと『かめくん』は弱いのかな? それとも私が読めていないのか。気配は感じるのに、なかなか掴めないような感触。シビアな空気と断片は見えるのだが、それまで? むむむ。こうしてつつきまわすのだ。
で、つつきまわすために私が使う棒の1つが、「SF」だったり(でも、メインは伏線、プロット、物語読みの棒)、染み出して出てくるのが「SF」だったり、ひび割れが「SF」だったり、見分ける目が「SF」だったりする。つついたら、むちゃくちゃシビアな物が出てくるようなないような感じなんですが、私はシビアなのが好きなので(^^;。
こういう意味で言えば、『クラゲの海に浮かぶ舟』の方がよほど分かりやすいのかもしれない。なかなか「満足」を得にくく(いや、あれで満足できるくらい、美しいイメージなのだが)、積極的に「損」をしている。つつかないとわからないし、つつけば見る間に世界がつながるのだが、わからないことには、「わからないことがわからない」。でも、水面下から見た、氷の綺麗なことといったら!! もう本当に人類の至宝だよ、この小説は。マルチに流れるのもいいけれども、積極的に「損」な美点を、頼むから切り捨てないで欲しい……。
鶴瓶が最近うるさいんですよ。がなりすぎ。前のポッカの社長のときも、放っておけばものすごく面白く喋る人なのに、急かしたり断ち切ったり。前からこんなんだっけ?
今日は『スクールウォーズ』の泣き虫先生。
やたら口から喉にかけて乾燥する感じ。まずいかも。今年は風邪を引かないかと思っていたのに。
ま、だいたい私馬鹿だしね。安心しているんだけどなあ。
青木さん「『クラゲ』に関しては某所での会話をみていると、どうもSFというコードで読むことを強制されているようで、辛いという印象。」
ということは、昨日の「欠点」の話は『クラゲの海に浮かぶ舟』のことだったということでしょうか。青木さんは『クラゲ』は読んでいないということなので、てっきり『かめくん』の話だと思ってしまったのでした。「検討」の方は、ぜひご自分で読まれてからしてみてくださいm(__)m。
それはそうと、そういう印象を与えてしまったのだとしたら、非常に申し訳ないというか、私が完全に悪いんですが、そういうことは言っていませんということを、強調し、訂正させていただきます。
これも何度も書いていることですが(2/7、2/8、2/12、2/13、2/14、2/16、2/18)、大切なのは書かれていることを受け止めること、目を閉じたりそらしたりしないこと、疑問を捨てないこと、拒否、否定しないこと、「穴」を欠落ではなく「穴という存在」として見据えること、要するに在りのままをただ読むこと、それだけです。
その結果見えてくるものが「SF的」なものなので、「SFというコードで読む」というのとは、違います。読めば、自然に「SF」となって、その結果、綺麗な「物語」が浮き出てきます(が、「SF」を読んでいる人のほうが、解け易いのは確かだし、「SF」を通らないと難しいのは確か。しかし、これは欠点ではない)。読者を真相に導くために、著者が本当に懇切丁寧に読者をひっかける布石を、丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に美しく美しく綺麗に綺麗に敷き詰めているので、それを目を見開いて、しっかり受け止めればいいだけなんですよ。こればっかりは自分で本当に読まないと絶対に分からないでしょうね……。
いずれにせよ、これが「SF」なのは逃れようのない事実ではありますが。それも極上の「SF」であり、「物語」なんですよ。
「『かめくん』はかめくんだから良いのです」。それはその通りです(=>昨日の話)。しかし、やっぱり「損」な宿命かも(T-T)。
未明にぎんさんが亡くなったということで、在りし日の映像がワイドショーでも流れていた。忙しい時刻なので、見るともなしに見ていたのだが、ある映像で思わず目をむいた。
ぎんさんが、中年の女性の介護を受けながら、何かに前のめりに腰掛けている。その何かというのが、どう見ても便座の蓋が上がったおまるなのだ。部屋に置けるタイプの、立派な奴。うちもおばあちゃんが使っていた。非常に嫌がりながら。
その便座の蓋は上がってはいるが、ぎんさんは横座り(正面に対して90度の向き)だったので、なさっている最中の映像ではないと思う。いくら何でもそれはないと思う。しかしなあ。それはないんじゃないかいと首をかしげながら出勤。
ご冥福をお祈りいたします。
=>bk1で寮美千子の本を検索(ほとんど24時間出荷(^^;)
=>HARMONIA(寮美千子本人サイト)
=>記憶の王国(うちのファンサイト)
公明新聞で明日から連載だそうです。Webでも読めるらしいので、安心です(公明新聞……(^^;)。連載のお知らせを見ると、30代半ばの女性を主人公にしたものということで、東編集長との対談で出た奴っぽい? これまでの著作とは違った感じなのかも。
読みたい〜!!
Anima Solarisで『かめくん』著者インタビューが読めます。
小松左京賞選評に関するコメントが……。「こんなこと自分で言うと馬鹿みたいですけど、知性と宇宙の関わりみたいなものに自分なりのやり方でSF的なアプローチを試みたつもりですし、最後の方ではけっこう大技も決めたつもりですけど。」
他の作家だと、「そんなこと言ったって、分かるように書かなきゃ」と思うのだが、北野勇作の場合は、分かるように書いていると思うんだよなあ。手軽そうに見せかけて、読みこんでみると実は難しいのかと思わせて、本当のところは大パノラマというところが魅力なので、第二段階で引っかかられると、その魅力そのものが思いっきり「損」に働いてしまう。オリンピックで1本取ったはずが、相手に有効付けられちゃった篠原信一的な損のしかたというか<違うか(^^;。
「すべてが解決されない結末というのは、かめくんの視点で語っているこの小説においては構造的な必然だと思うんですが」というのも、大事。『クラゲの海に浮かぶ舟』は、これがあるから(以下略)。川島誠もそうだし、ストイックな視点に萌えるんだろうなあ。うーん。
どちらにしろ、結果的にデュアル文庫で出たのは良かったのかもしれない。ハードカバーだと、これほど広くは読まれなかったかもしれないからね。後付けだけど。
それはそうと、『牛丼DNA』って何だ。
あと、クーラーは、『昔、火星のあった場所』の枕もとの長方形より、むしろ『クラゲの海に浮かぶ舟』のマグロとか、クラゲ類(?)を連想させる。触手が、特に。ミギタさんとヒガさんも、クラゲっぽい。いずれにせよ、2本の長編とのつながりは私にはよくわからなくて、現在再読中。む。
復刊ドットコム、『昔、火星のあった場所』、『クラゲの海に浮かぶ舟』投票してね。