仕事帰りで、翌朝も仕事(!)のおおたさん@粗忽長屋と、沖縄ちゃんぷるーないと@キネカ大森。160席で立ち見が出る盛況ぶりであった。
今回は映画の前にエイサーと三線の実演もあった。エイサーというのは、要するに太鼓踊り。左手に体の大きさに合った太鼓(大きな物は紐で肩から掛けていた)、右手にばちを持って、叩きながら相当激しく踊る。メンバーには、小学1年生くらいの女の子や、身長190センチはありそうな外人さんもいて、狭い映画館で、迫力満点であった。いやあ、いいもの見たわって感じ。
その後、4度目の『ナビィの恋』。麗子おばさんって、太っているだけでは。
若手監督3人競演による、オムニバス映画。
また、冒頭では風車祭の様子も見ることができて、池上ファンにはおいしい。風車に埋められるように車の荷台にくしゃっと載せられたおばぁの姿は見物。それと、ユタのツルが占いの時、「(麗子の)父親はアメリカ兵だったね。上等兵だろう」と言って、いつもの米粒占いを引っ込めて、おもむろにタロットカードを繰り始めたのには呆然。あれは受け狙いでもなんでもなく、正しい描写だったのか、『レキオス』。全編笑いに満ちていて、会場でも爆笑していたのだが、ヒデヨシや比嘉や爆弾小僧の「島に縛り付けられる」ことから生じる笑うに笑えない逼迫した切実さも、池上永一カラーと共通しているような。それが沖縄の色だったのだろうか。
ノリはラストの『爆弾小僧』が○。
本土から来たらしい女性が、ポラロイド写真だけを手がかりに男を探して、南へ南へと島をわたっていく物語、なのかなあ。少なくとも、前半は、そう。
この女性というのがとにかくわがまま。美貌を武器に男をたぶらかして自分を助けさせるかと思えば、寄ってくれば強姦しようとしていると思い込み「私は生理中なのよ! そんなに血が見たいの!?」と逃げ回る。それでもなかなか面白かった。前半は。
那覇で彼女を助けるチンピラ(『ナビィ』のケンジ)がおいしいところを攫っている。彼女をオープンカーにのせて、口説く文句が「俺はこう見えても、豚の煮物が得意でな。鍋の前に座らせてみな、三日間でも灰汁を取り続けてやるぜ!!」。惚れるなあ。
三つめくらいの島で彼女を案内する面の笛吹き男もいい。その前の溺れていた女性もなかなかだったけど。道端で居眠りしているギター男(実は、BOOMのミヤだったらしい。気づかんかった)と、おもむろに笛とギターで楽器勝負を始めたときには、こいつにも惚れた。このノリがたまらんですよ。前半は。
後半、波照間に来た頃から、話がおかしくなる。環境映像のように島の子供たちと無邪気に走り回ったかと思えば、唐突にさらに南(パイパティローマ)へ、どうやら日本じゃない島に向かっていく。そこで、片言の日本語を喋る老人たちに囲まれ、土地の料理を食べていたりする姿には、全く演技している様子が感じられず、まんま紀行番組を見るようだった。そして、唐突にエンディング。
うがー!! 前半のイかしすぎた物語は一体どこへ行ったんじゃ!? な、なんかすんげーはぐらかされた気分。でも、見て損した気にはならない(笑)。
照屋林賢初監督作品。つーか、りんけんバンドのプロモーションフィルム? どうでもいいエコロジカルな文句と映像の間に、りんけんバンドのライブから切り取った歌がフルコーラスでまざる。3曲くらい(30分くらい?)は我慢して懸命に目を開けようとしていたのだが、どうにもつまらなかったので爆睡してしまった。
『ナビィの恋』で恵達おじぃを好演した、沖縄民謡協会会長登川誠仁の2枚組CDアルバム。98年に発行されたものが、今年の3月に再版されたらしい。
おおたさんにジャケットを見せてもらった瞬間に、「買う」と思ってしまった。とにかくモノクロのジャケットがかっこいい。表は港をバックに、登川誠仁がスーツに麦藁帽子で煙草を吸っている横顔のアップ。裏は、防波堤に片足を上げて、港を見つめる誠仁の後ろ姿。抱えた三線のネックがいかしている。しかも、タイトルが『HOWLING WOLF』ですよ!? って、ああ、私にスキャナーかデジカメを!! くはー、かっこよすぎ。
映画館で売っていたのをゲットして、一眠りした後聞いてみた。やっぱり一曲目から「勝ってカマボコ食べたいなー、誓ってヤツガシラ食べたいな」は強烈。しかも、曲と曲との間に、照屋林助(テルリン。『パイナップル・ツアーズ』で船長を演じていた)とのMCまで入っていて、全て対訳付き。いやあ、本当に地で、この人は「ナイリーフォーリーエイ」とか言うんだなあ。
超絶三線早びきと共に、昨日のエイサーで聞いた『安里屋ユンタ』も聴ける。昼熱い中、大音響で聞くのに最適だった。
OMCA-9001(2CD)
wimさんの日記で萌え(キャラ萌え?)話。妹尾ゆふ子さんが定義するところの「キャラ萌え」が、一番しっくりきているので、なんだか、随分私の思っているものとは違うような気がする。というか、メタだ。そもそも萌えって何ぞや?
セミナーの後、たかはしさんと延々キャラ萌えとは何か話をしていて、私は「ちがう!! ヒラマドさんは、萌えていない!! 萌えの魂がない!!」と言われてしまったのだった。と言うたかはしさんにも萌えの魂はないらしい。が、とにかく、自分にないものとして「キャラ萌え」を捉えていることは確かだ。たかはしさんが「キャラ萌えには何らかの出力が伴う」と主張していたことについては、半分納得したようなしないような。まあ、妹尾さん風に「あるキャラクターを、そのキャラクターが本来属する世界から切り離し、ほかの場所に連れてい」くようなことを「想像する」こと自体が一つの「出力」の形だと思えば、納得、かなあ。表現するところまで持っていくかどうかは別の話だとして。
いずれにしても、私の意識行動の範囲外にある行為には違いない。私の場合は、話と話の間の、書かれていない人の心の動きや、時間を補完する方向への想像力は働いても、あくまで「補完」の形で留まり、ストーリーの枠を基本的に外れることはない。最初にストーリーありきで、それを壊すことはありえない。辻褄を合わせるために働く想像力、なのかもしれないが、ともかく、そういう考えしかできないのだ。
例えば、ストーリー上成立していない恋愛関係を想像したり(mutさんの、円紫と私はできているというのも、私の解釈の埒外。そんなことはどこにも書かれていないから。そういうことが全く書かれていないことが、そういう事実があるということの証左なのだ、ということだっけ?)、別世界別時代のキャラを現代日本風に連れてきて空想したりはできないのだった。それを嫌だというわけでもなく(好悪の印象すら生じない。なぜなら、それは「ストーリー」と関係ないからだ)、そういう方向へ発想が働くことがない。
多分キャラ萌えの人は、そういう「出力」を自然にやっていて、それが私にはない「キャラ萌え」というものなのだろうと思っている。萌えてる人にしてみれば、無茶苦茶的外れなのかもしれないが、何しろあの時は「萌えの心がない」(ほぼ)徹夜明けの私とたかはしさんの会話だったので、「萌えを見るには、萌えの目がいる」(その前に、「やおいを見るには、やおいの目がいる」というのもあったが)などと言いながら、「萌えって難しいねえ」と腕組みしているような状態であった。つーか、それ以上覚えていない。しまった、書き残しておくべきだった。
川島誠ファンページ更新。『ロッカーズ』関連を追加。3件。2件は期待外れ、1件は上手いじゃん(私のところは含まず)。
私は要するに、小説としてはイマイチだが、川島誠的には大OKといったところか。すんげー上手いと思う。相変わらず。それが、小説を面白くする方向に向いていないのが勿体無いというか、全然無頓着で損しているというような印象。先日の「とある人」の係りはこう受けるべきだったのに、流れているのが失敗。
おおたさん(7/4)が、『悲しみの池、喜びの波』関連で、妄想全開視点迷走鼻息暴風と書いていますが、『ロッカーズ』も、妄想全開視点迷走鼻息暴風ぶりでは全く変わらないと思うんですよ。ただ、エキセントリックな話だったら受けるけれども、凡庸なストーリーをそう言う目で見ても、イマイチ刺激がすくなくて、という感じじゃないかなあ。
『ロッカーズ』の主人公はセージなんだが、あくまでも語り手リンが見たセージであるというところがミソ。語られるセージは、当然リンが見て感じる範囲内での存在でしかない。そこは、本当に厳格。上手い。一方、語り手であるリンは、自分のことはほとんど語らないので、あまりはっきりしない。セージを語る存在でしかないから。モノローグで自分が自分がと考えるのは不自然だから。自分にとって自分があることは当然だから、あまり語る必要がないから。そこが無茶苦茶はっきり線引きされて、これ以上ないくらいに厳しく上手く書かれているのだが、小説的にはマイナス方向にしか働いていないような気がする。つーか、ストーリーが凡庸なのが痛い。語りのシビアさが生きていない。惜しい、勿体無い!
それがプラスに働いているのが、例えば、『夏のこどもたち』。
主人公朽木元は左目がない。本人は、それをなんてことないふうに語るのだが、実は無茶苦茶こだわっている。かなり気にしているし、それを意識する周囲の人を疎ましく思っているし、そういうことを気にする自分が嫌なのだ。物語は、その朽木元のモノローグで進む。
で、ほとんど終盤に入って、こういうシーンがある。
「おい、前髪が長いぞ。決まりは知ってるか」
この偉そうにしてるやつ、なんて名前だったっけ。顔は見たことあるんだけど。一度もクラスが一緒になってないしなあ。
「おーい、そいつはいいんだ。そいつは、片目なんだ。隠すためにのばしてるんだ」
高橋、そんなでかい声で発表するなよ。まあ、かまわないけど。
ここで初めて、彼が前髪を長く伸ばしていることが明らかになる。彼は隻眼であることを隠したいと思っているけれども、そういう(ある種)姑息な手段を使う自分や、隠したいと思ってしまう自分をを恥じているから、気にしていない自分でいたいから、決して、彼自身のモノローグでは前髪を長く伸ばしているなどという事実に触れることはできない。「それくらい」彼が片目がない自分を気にしているということが、他人の発言の形を借りて、初めてここで読者に明示されるのだ。(=>#そんな見方をする奴を朽木くんは、一番嫌うのだろうけど。(モモカのウツセさん6/26)
#台詞の形を借りても「前髪」のことが小説で語られるのは、高橋がいるからなのだが、それはまた別の話。
とかまあ、こういう上手さは『ロッカーズ』でも同様に感じられるので、私は上手いなあと感心するんだけどね(^^;。どんなに鋭い首切り技でも、見せるものがないとツライ。ストーリーがあああああああああああっ!!!!
『悲しみの池、喜びの波』は名作です(;_;)。ちゃんと失恋(?)の痛手も、醜い嫉妬も、いとこの幼女との会話でとろけてしまう、その自然さが感動モノ。
「……暗号というものは二つのタイプがあるんです。その一つは、文字のかわりになる文字、または記号を、一定の法則に従ってごちゃごちゃに混ぜ合わせたものです。もう一つは、文字や単語や語群におきかえたものです。暗号というものは、この二つのタイプのどちらか一つ、または、それらを組み合わせたものなんです。でも、どちらも共通点がありますから、いったん鍵を見つければ、それを差しこんだだけで、論理的な文章がでてくるんです。しかし、言語となると、独自の内在的な論理、独自の文法を持ち、さまざまな意味の幅を持つ単語と思想を結びつける独自の方法を持っているわけです。……」本棚をふさいでいる名作文庫をやっつけようシリーズ。第一弾はゼラズニイ『魔性の子』、第二弾はゴドウィン『冷たい方程式』(の表題作のみ。今更感動。これ1本読ませれば、SFファンが濫造できると思うんだが)、第三弾が『外道の市』(感想をあげるタイミングを逸してしまった)で、第四弾。
奥付けは'98.3十三刷になっている。『エンパイア・スター』を読んだのがこの頃で、直後に『ノヴァ』と一緒に新刊で買ったはずだから、2年余り本棚の肥やしだったらしい。勿体無い。
5つの宇宙の言語を理解し、暗号解読にも優れた才能を発揮する詩人、26歳の美女、リドラ・ウォンは、軍から「バベル-17」と呼ばれる通信の解読を依頼される。同盟軍で頻発するテロの前後に、飛び交う暗号なのだという。しかし彼女はすぐさま、それが「暗号」ではなく、完璧で非常に優れた「言語」だと見抜き、かき集めた宇宙船乗組員と共に、次にテロが起こるであろう現場へ向かう。だが、道中、何者かによって船が内側から破壊されてしまった。乗組員の中に敵方のスパイがいるのだろうか。
主な舞台が宇宙船なので、一見スペオペ風で読みやすいが、実は言語を巡るSF。本当に面白かった。面白いSFを読んだ、という充実感がある。
バベル-17は非常に優れた言語で、非常に単純なフレーズに多くの意味を含ませることができる。思考は言語でなされるものだから、バベル-17で思考すれば、恐ろしく早く頭が回転し、知覚や運動能力すら上がるのだ。リドラはバベル-17に魅せられ、それをフル活用して事件を解決しようとするのだが……。
要するに、バベル-17は無茶苦茶よく色々な意味をを吸い込むことの出来るスポンジなのだ。自分が何気なく使っている言葉も、スカスカのスポンジなのかもしれないという気分にさせられる。本当は、たっぷり水を染み込ませることができるのに、その価値を知らず、カラカラでスカスカなまま使っているのではないか。小説を読むことによって、現実の世界も膨らまされたように感じることができる、そういう種類の小説。『エンパイア・スター』よりも読み易くて、とっつき易く、これが沢山刷られているのは、喜ばしいことだ。
ただ、【ネタバレ=>乗組員たちの描写が薄いため、スパイは誰だ、というミステリー的な味付けにスリルが伴わない。また、この3人の航宙士や、幽霊たちのように、もうちょっと焦点をあてて心の動きなどを書き込んでくれれば面白かっただろうに、という設定が置き去りになってしまっているように思えるのが残念。最後まで宇宙船の内容がイメージしにくかった。けれども、そんなのは些細な欠点にすぎない。バベル-17に込められた罠のサプライズに比べれば。】
うーん、もっと早く読めば良かった。次は『ノヴァ』? とりあえず、もう1冊買って、Kちゃんに送ろう。
うちは牛乳大好き家族で(父と妹以外)、低脂肪乳なんてまずいもの飲まないから安心していたんだが、毎日骨太は身長を伸ばしたい弟(大阪独居)が愛飲している。奴は一日一本くらいは軽く空けるし、大丈夫かなあ、と思って実家に電話したら、やっぱりえらい騒ぎらしい。
売り場からは牛乳だけでなく、チーズなどの雪印マークがついているあらゆる乳製品が姿を消した。あたろうがあたるまいが、雪印の牛乳パックを販売店に持っていけば、お金を返してくれるらしいし、ニュースに驚いて、パックごと捨ててしまった場合は、レシートでも返してもらえるのだそうな。しかし、多くの人は、後で金になるかもしれないからと、中身もパックも捨てずに冷蔵庫に大事にしまっているという話だ。腐るがな(--;。
うちの母は、日曜日思いっきり腹を下したらしい。中華料理屋で自分一人だけ食べたあんにん豆腐が怪しいという話だったが、牛乳プリンだったんだろうか? ともかく、それくらいみんな過敏になっているみたい。大阪の保健所は院内感染とか色々と大変だぁねえ。
おお、私は「筑波大学卒」になるらしい<違います。一時期流れていた、改名して「情報大学」になるという話が嘘でよかった、いや、本当に。しかし、平均偏差値が優に10は違うのでは。どうなるんだろう。
って、田畑先生が、いつの間にか副学長になっているよ。知らなかった。
復刊して欲しい人は復刊ドットコム。
3週間前にパンク修理をしたはずの自転車の後輪が、また空気抜け。もう完全にチューブが駄目らしい。滅多に乗らないせいでがたが来るんだろうが、乗るたびに修理に出して、もう5度目だ。いい加減腹が立つので、チューブから換えてもらって、日曜は快適サイクリング。遠出して、佐藤哲也『沢蟹まけると意志の力』をゲット。2年前に読んで気に入ったのだが、入手し損ねた1冊。感想も当時の物から発掘してみた。
これは小説版・島本和彦だと思った。素頓狂だが妙に板についた設定、無理矢理だが徹底した理屈付け、目茶苦茶だが有無を言わせぬ展開。異常なまでのハイテンションを常に保ちつつ、ただひたすら何度も繰り返されるパターン。気が付けば息切れしているような読後感は、まさに『炎の転校生』を一気読みした後のそれと同一の物であった。Gペンが軋む音が今にも聞こえて来そうだ。とにかく疲れる小説ではある。が、一種独特の、これまで感じたことのない悦びを味わうことができた。人を選ぶかもしれないが、これはこれで非常に面白い一冊だ。
沢蟹まけるは蟹の卵から生まれた人間である。彼は蟹の卵から生まれ出た瞬間に、大宇宙の偉大な力を崇める医師によって、英知の光を求めて旅立つ魂の持ち主であり、意志を力でかためて、宇宙の偉大な力に近づく存在であると運命を定められる。また同時に沢蟹まけるを生みだした沢蟹の仲間たちは、意志の力によって約束の地ヘと沢蟹を導く救世主として利用しようとする。
が、沢蟹まける自身はそのような周囲の意志とはなんら無関係に、公立幼稚園から公立小学校へすすみ、三流私立大学をへて、意志の力によって世界制服を企む株式会社マングローブへ就職し、人体改造を施され改造人間カニジンジャーとなり、マングローブに対してささやかな抵抗を試みる科学者によって助けだされ、正義の味方として悪の組織マングローブに立ち向かう。
しかし、ストーリーはそんな沢蟹まけるの人生とはなんら無関係に、意志の力を信じ、翻弄され、倒れて行った人々をただひたすら追い続けるのである。意志の力によって昼間だけ人間の姿になり結婚までした箒、意志の力によってパラシュートなしで降下作戦を実行しようとする大佐、意志の力によって通勤電車に乗り込み通勤しようとするサラリーマンの群れ、意志の力によって世界制服を達成しようとし続ける黒の女王、などなどなど。それらエピソードの一つ一つが堅牢強固な意志の力にあふれる筆致で書き込まれているのである。その背景にはペシミズムとアイロニーに満ちた単調な爆笑がBGMとして流れている。これは一緒に意志の力を笑いとばしながら読むしかない。
お薦め。(1998.12)
『イラハイ』もそうなんだが、癖になるよなあ。
会社帰りにブックオフに寄ったら、ディレイニー『プリズマティカ』早川書房SFノヴェルズが100円であったので、即ゲット。欲しいと思ったその時に、手に入った嬉しさよ。ディレイニーに関しては相当運がいいみたい。『エンパイア・スター』も借りて、買うと決心した途端に見つかったし、一緒に『準宝石』も買えたし、『アプター』もちょうどご縁があったし。って、コンプリートか、ディレイニー? あ、今日Kちゃんに『バベル-17』を発送したので、早く買い足さないと。
なーんか、古本なんて、願えば、求めれば、手に入るような気がしてきたぞ。ああっ川島誠『電話がなっている』を、私が徘徊する古本屋の書棚に置いてください、神様っ!!<大間違い
復刊リクエストの方は、23票で止まったまま、動かず。
しかし、規定票数が50の間にあげておいてよかった。まー、100だろうと、50だろうと、そんな数(しかも買うと確約しているわけではない)で版元が動くとは思えない。内容が内容だし、売れるとも思えんし、割に合わんだろう。それでも必要投票数まで達すれば、万が一、億が一、もしかしたら、天地がひっくり返って……、くらいの、あるかないかの微かな、だがゼロではない、ほんのちょびっとの希望はあるわけで。でも、そもそも、絶対的な知名度の低さが、ねえ。
それこそ、求めよ、願えよ、ってことだけなんだよなあ。こうやって、復刊リクエスト出している間は、ゼロじゃないんだから。むーん。
昨夜、寝る前にトイレに行ったら、足元に黒いしみが……。目を凝らすと、ヒゲとか足が生えた楕円形の生物が、ひっくり返って少しだけ動いている。ゴキブリだ〜〜〜。死に掛けだったので、トイレットペーパーでくるんで、トイレに捨てた。
うちの部屋でこいつを見なくなってから、既に半年以上は経っているはずなのに。アースレッドを1週間おきに3日連続炊くことを3週間続けて、駆除に成功したはずなのに。第一、こいつらが入ってくるようなことをしていない。前回は確実に隙があったんだけど、昼間布団を干していた時に、蛾が飛んだような気がしたが、あれは確実に蛾だったと思うし、外に逃げたし。
第一、何故トイレ。何故死に掛け? 隣の部屋でゴキが発生して、煙を焚いたのが、こちらに逃げてきたのだろうか? 換気孔を伝って? 夜中の1時だけど。まあ、そう考えるのが一番妥当だろうが、冗談じゃないよ、くそ。とか考えていると、あまり眠れなかった。
というわけで、アースレッド3つセットを購入。1500円以上するんだよう(;_;)。でも、ブリの恐怖にはかえられまいて。ああ、やだやだ。