ざぼんの皮 1999年 09月


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Sep.7,1999 (Tue)

三原順『ビリーの森のジョディの樹』★東野圭吾『白夜行』◆東野圭吾『秘密』

 日記の更新をしないと、夜の自由時間が長いこと。うーん、ちょっと隠遁しようかしら(^^;。でも、言いたいことが貯まって気色悪くなるしなあ。ふむ。

 古本屋さんで買った本。

  • 川島誠『夏のこどもたち』
     またまたゲット。これだけよく見かけるということは、そこそこ売れたということで、喜んでいいのだろうか?
  • ロイス・ローリー『ザ・ギバー』
     新刊で買おうかと思っていたもの。うーん、確かに題字のゴシック体は無神経だけれども、写真はいい味出していると思うなあ。色調も。
  • 三原順『ビリーの森のジョディの樹 1』
     見かけた時には焦った。こういう版型だったのか。ラッキー(^-^)。
  • デイヴィッド・ウィングローヴ『龍の帝国―チョンクオ風雲録 その一』
     ……、いや、挑戦してみるのもいいかなああああああああっと(^^;。いつものパターンで、買った本は読まないに決まっているんですがね……。気の迷いにしても、厄介なものを買ってしまったことである。

 でまあ、『ビリー』を読みながら、読みかけの『白夜行』をめくっていて、気分が悪くなったり。うむー('-')。

 『白夜行』は面白かったです。『秘密』以降、見直しっぱなし。

 で、会社に行くと、東野圭吾のインタビューが載った『週刊ポスト』があったり、『秘密』の映画版のシナリオが載った『シナリオ10月号』があったり、なんだか妙にタイムリー。で、昼飯食べながら、読んでみたんですよ。が。

 これ以降、『秘密』のラストシーンのネタに絡んだことを記述します。くれぐれも東野圭吾『秘密』を読んでいない方は覗かないでください。また、映画『秘密』を楽しみたいと思う方も見ない方が無難でしょう。既読で、興味のある方だけどうぞ。

 あれはないだろう。そもそも、直子が最終的にあのような形にするという決断を下したのは、夫を愛しているからこそ、愛しているけれども、という苦悩の果ての結果であったはずだ。だから、夫に決して気付かせてはいけないと思っていないとおかしいし(夫を思ってのことなんだから)、夫に気付かれて微笑んでそれを認めるというのはどうかしている。事情はどうあれ、直子は平介に不義をはたらいたのだから、夫を愛しているのなら笑っていられるはずはないのに。聖母のような微笑み? やめろよ〜。こうなっちゃったら、お給仕犬さんの言う、年下のママな男の妄想バリバリマザコン小説じゃないか! あー、そこで「それでいいんだな」とか言うなよ、平介! いいわけないじゃん! 苦しんでいるに決まっているじゃん! 一言で「いい」とか言えるわけないじゃない! 無神経なことを言うなよ〜。それを涙を飲み込んで、気付いていることも黙して、苦しみを受け入れるから泣き所なんだろう!! 互いが互いを愛しているからこそ、互いに互いを偽って、それを一生互いに対する"秘密"として、抱え込んで生きていくから"秘密"なんじゃなかったのか。あー、なんかもう、無茶苦茶だよ……。
 ええ、おかげさまで放心状態でしたよ(;_;)。あー、例のシーンはほぼ原作通りみたいです。まあ、映画と原作が別物なんていうのはよくあることだし、換骨奪胎とか。村田喜代子『鍋の中』とかね。でもなあ、これはなあ……(i-i)。

 どうでもいいけど、メールも読めなければ、自分ちの掲示板にもアクセスできない。なぜじゃ。

去年の俺様

Sep.9,1999 (Thu)

昼休みにはオヤジ雑誌。

 昼休みに『週刊現代』を読んでいたら、会社の近所の好きなラーメン屋が紹介されていて驚いた。味的には、おいしい家系で、家系の割にはおいしいチャーシュー(というか、茹で豚)と、200円の絶品な角煮(一人で食べるには覚悟が必要なので、滅多に頼めない……)があるんだが、それは紹介されていなかった。2月に開店したばかりなのに、行列なんか出来ていたら嫌だなあと思って行ってみたが、客が0ではないというだけで、特に変りはない。良かったんだか悪かったんだか。でも、とりあえずずぶれる事はなさそうだ。ともあれ良かった良かった。

川島誠『800』と『夏のこどもたち』、どちらが好きか。

 というわけで、カナザワさんが川島誠『800』にはまった。だからあの時手を上げれば、10円だったのに〜(^0^)。ええ、もう、川島誠に印税を進呈して、可愛がってくださいませ。

 さて、『800』『夏のこどもたち』のどちらが好きかときかれると、困ってしまうのだった。どちらも好きなんだけれども、全く別の形で気に入っているから。本当に、ちょうど佐藤亜紀の『バルタザールの遍歴』と『戦争の法』に甲乙つけがたいのと同じような感じ。要素は違うけど。

 でも、だいたい『800』の方がやっぱり人気なんだよな。u-kiさん(『800』評<必見、『夏のこどもたち』評)も。サイトウマサトクさんくらいなんだよなあ、『夏のこどもたち』の方がいいというのは(『800』評『夏のこどもたち』評)。雨森さんも、『800』って言っていたし。

 まあ、確かにテーマ的には確かに『800』の方が突き抜けている。物語性も断然上。比較にならん。でも、『夏のこどもたち』の何がいいと言って、例えば、海草シリアルのシーンとか、読むたびに「巧すぎる〜!!」と身悶えしながら叫んでしまうくらい巧いんだよう(;_;)。しかも、全編その巧さだけで引っ張っていっちゃうんである。もう頭がくらくらしちゃうよ。

 片目というハンデと、切れすぎる頭脳のせいで、朽木の「中学生らしく」いじけてひねくれた性格というのは、時に正義感に燃える潔癖さも含めて、「そのまんま」という気がするのだ。その「そのまんま」をそのまんま、物語性を無理矢理付与せずに小説にしてしまうところが、川島誠の凄さだと思う。

 朽木は確かに『800』の広瀬・中沢(二人掛かりだ〜)に比べたら幼稚なのかもしれないけれども、だって中学生だもん。広瀬・中沢は高校生だし、スポーツマンだし、両目あるし、ねえ。そこで比較しちゃうと『800』の方に軍配があがってしまうのだが、『夏のこどもたち』は最初から物語性を否定しているように思えるので(そこを逆手に取っているので)、私の中では比較にならないのだ。

 川島誠の、本当に純粋な「巧さ」だけで持っていく『夏のこどもたち』は、やっぱり私の中では強いです。でも、最初に読む人に薦めるなら、『800』とか。カナザワさんの言うスタンスと、あの練りに練りぬかれた構成と、どうしようもない切なさ(好きなのは、広瀬んちから帰る中沢と伊田のシーンと、中沢が伊田に……と、伊田が中沢に……って、その2人がらみばっかりやん!)で、『800』も無茶苦茶好きなんです。まあ、初読が高校3年生の夏だったんで、私、これ。

 この2作にプラスして、川島誠が「児童文学」している(いや、川島誠は最初から児童文学作家なんだけれども)『しろいくまとくすのき』、この3作を読んでみると、3つの中でどれとも甲乙丙つけがたいようってことになるので、さらに大変ですよ、ええ。さらに初期児童文学短篇集『電話がなっている』でトドメ。最強です。『電話……』は図書館でしか読めないので(私も持っていない)、是非アンソロジー『だれかを好きになった日に読む本』をどうぞ。

#『もういちど走り出そう』はちょっとあまり好みじゃないので……(^^;。単に、私の好みの問題です。

去年の俺様
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