寮美千子ファンページ記憶の王国を作成しました。まだ単行本リストとリンクしかないんだけれども(^^;。にしても、ここしばらくの間に『ノスタルギガンテス』関連のページが増えましたねえ。喜ばしい限り。『星兎』も早く感想書きたい〜(;_;)。
というわけで、ダサコンな人々は読むように(^-^)b。『星兎』に泣き、『ノスタルギガンテス』に打ちのめされるのだ!
この週末、ちょっと出かけます。長野じゃないです〜。
色々と全然関係のないことが重なって、ちょっと脱力気味。楽しすぎた週末ってのあるかなぁ(^^;。ううう、めちゃ楽しかったよう。つーか、楽しすぎて困ります(泣)。お二人さん、本当にどもでした。せっかくの週末を……。
道すがら、なじみの店に立ち寄ったら、蘊蓄自慢の店主がお亡くなりになっていて、まだ30代と見える奥さんが一人で店を切り盛りしていたのだってのも、結構ショック(旦那さんも若かった、と思う)。建物が増えたり、なくなったり、店が閉じたり(潰す金もないのか、どこも潰れっぱなし)、変わっていないと見えても、実は知らないところでどこどこ失われていっている何かっつーか、引っ越したり、結婚したり、時が進めば土地も人も変わるっていくし、つながりの糸も切れたり、こじれたり、別なところに伸びたりするんだなあとか、なんだかなあ。当たり前じゃん、そんなの。
んで、脱力しながら、もう寝るべ〜とウロウロしていたら、なぜかステロイドの過剰投与でなくなった方のページにたどり着いてしまい、いかんいかんと思いながらも読み進んでしまう。さらにリンク集から医療にメスのページに進み、医療関係の痛い話を読み進む羽目に……。普段ならともかく、脱力しているときには「うがー!!」となってしまうので、いかん(;_;)。ああ、でもどんどん読んでしまうよう。NHKのドキュメンタリー『記憶が失われたとき… 〜ある家族の2年半の記録〜』で見たウェルニッケ脳症のページとかもあって、ああ、止まらん……。ビタミンは必要だ〜。
なんか、2年前の夏に、掲示板に来ていたCBさんがお亡くなりになって、なんかぼーっとしながら川崎チネチッタの夏エヴァ最終上映を見てさらにダークになったところに、雨が降り出して自転車に乗れずに並んだバス停で天童荒太『家族狩り』を読んでいる時を思い出すです。
いや、単に低調なだけです。こういう時には書かん方がいいんでしょうけどね。もう寝よう('-')。
小太郎さん@未読山脈の片隅よりが『チグリスとユーフラテス』を読みはじめた模様。みのうらさんの総括とか。
エロ小説と言えばって、漫画ですけど、話題の後藤羽矢子『ラブ・タンバリン』フランス書院コミック文庫を借りて(というか、借りた別の真っ当な漫画についてきたので(^^;)読んだのですが、うーん、面白くなかった(;_;)。つまらんというわけでもないし、特に嫌悪感があるとか、読めんというわけではないんだけれども、下手だし(笑)、話もなあ。うみゅー、ってそういうふうに文句つけるものではないんでしょうなあ。
エロ小説はあまり読んだことがないんでなあ。マガジンハウス(のちベネッセ文庫)のアンソロジー『誘惑の十六幕』あたりは持っていますが(川島誠が書いているので)、小説的に面白い物は面白かったし、面白くなかったものは面白くなかったです。ちなみに、川島誠のもあまりお気に入りじゃない。
私は意識的にエロいものにはあまり嫌悪感を感じたりしないみたい。「虚構なんだよ、ファンタジーなんだよ。」と書いている方も、読んでいる方も「わかっている」ことが前提だと思うので。グロいのは別ね。
むしろ、そういう意識無しに、ただ無自覚に書いているものにこそ「うげー」と思うものは結構ある。灰谷健次郎『少女の器』なんかはそれ系。んで、「レイプものって、絶対嘘じゃない。最後のほうで女の人がよがったりしちゃってさ、あんな状況で女性が感じるとオトコの人は思ってるわけ?」ってのは、モロ、先ごろ文庫化された北村薫『スキップ』の読後に、私が抱いた気色悪さそのものだったり。それが無意識に思い込まれていて、あたかも当然のことのように書かれていて、なおかつ「女性の気持ちが細やかに書き込まれていて」などと評されることの方が、気色悪いっす。やめれ〜。
直後に読んだビジョルド『戦士志願』のなんと優しかったことか。あの個所を読んだときに、ぐわーんと耳の傍で銅鑼が鳴るような衝撃を受け、初めて自分が『スキップ』に対してどれほど憤っていたかを知ったわけですが。ついでに、普段男性作家の本ばかり読む自分が、『スキップ』以降の1ヶ月は、なぜか女性作家の本しか手に取っていなかったことも。
片や無理矢理、片や無意識にしろ、望んで交わったわけではない男との子供(自らの腹を痛めて産んだというわけでもなく、育てた思い出もなく、単に血が繋がっているだけ)に対する女性の反応について、男性が書いたものと女性が書いたものとでこれだけ違うんだということがよく分かるので、お勧め(--)b。「親子」に対する冒涜だわさ。
って、ああ、こういう話が出るってことは、寝た方がいいってことだってば。すまん、寝ます。おやすみなさい。
読書系LINK相関図(試用版)。ときさん、楽しすぎます〜(^^;。(祈・復活)
こたつさんの日記を逆リンク。誤読ってことなら、あらゆる読み方が誤読ですとも! つーか、著者はどう思って書いたのか、というのは読む上では関係ないでしょう。字面からどう受け取るかじゃないかなあ。というか、そもそも、著者の意図なんていうものを掴む手がかりは、その小説そのものしかないんだから。まあ、著者が意図通りに読者の感動を導けたら、著者にとっては成功だろうとは思いますが。著者が意図しない方向に読者が思ってしまったら、その点ではそれは著者の力不足によるものだろうし。意図して誤読させたのなら、それはそれで成功。
が、その小説が下手だった場合、どうにも読者が読んだだけでは通じないんですな、それが。コミュニケーションが成立しない。それは出来の良い小説で、人によって色々な感動が生まれるとは別次元の問題です。『チグリスとユーフラテス』に関して言えば、もう著者の力不足加減が透けて見えてしまう。いや、本当に。文章が、何言ってんだかわからないんだもん!(=>ここいら辺以降参照) 以下もそういった種類の私の典型的誤読。
読んでしまいました、オール読物7月号。いやね、東野圭吾『秘密』が日本推理作家協会賞をとったんで、その選評が載っているんですよ。その審査員が北村薫だって聞いたら、……、読まん方が良かったかも。
北村薫
(略)〈長篇部門〉では『秘密』を推した。(略)『秘密』は、――結局は、個人である人間が読むわけだから、《女の子を持つわたし》にとって、前半は、実におぞましい話だった。両親の心の動きがどうしても受け入れられず、登場人物に感情移入出来なかった。しかし、途中から、それも解消し、物語の中に入ることが出来た。同時に、――《東野作品に接して来たわたし》という個人が読むわけだから、これが、多様な試みをなし《現代ミステリ》を豊かなものにして来た作者の、一方の代表作であると実感した。そう考えた時、この作は重い。まさに
これだけでは何を言っているのかよくわからんのだが、おぞましいっすか!! 本当に詳しく知りたいなあ、どこが北村薫にとっておぞましいのか。
私にとって『スキップ』は全編を通じて、ありとあらゆる意味でおぞましい小説だった。対して『秘密』は、そのパロディとさえ言えそうなくらい、見事に『スキップ』がとりこぼした部分を丁寧に拾い上げているように私には思えて、救われる思いがしたものだ。うん。
以下特に『秘密』に関して、ストーリーの根幹に関わるネタについて直接触れております。『スキップ』はともかく、『秘密』未読の方は読まないでください。
基本的なストーリーラインは非常に似通っている。両作品とも、本来自分のものではない肉体に入り込んだ精神が、最終的には本来の精神が持っていた自我を殺し、その肉体の持ち主として生きていくことを選択するというものだが、その「選択」に至る過程は全く違う。
『スキップ』の主人公である17歳の桜木真理子は、自分が置かれた理不尽な運命に対して、全く抵抗しないのだ。流されるまま、ただひたすら受動的に、何も考えずに、本来の肉体の持ち主であるはずの魂「あのお方」として生きていくことを選択する。本来はそこにある筈の「あのお方」の肉体を、自分が乗っ取っているということに対して、全く考察されることがない。ただひたすら、突然25歳も年を取ってしまった自分を憐れみ、「しかたがないもの」として自我を捨て、「あのお方」の人生をなぞるという、「あのお方」の魂を無視した、一人よがりな生き方を択ぶ。また、周囲の人間も、誰も「あのお方」の喪失を悲しまないのだ。それどころか、生徒も同僚も、教師である「あのお方」に恋をしていた少年すら、気付きもしない。家族も、本来であればその肉体には「あのお方」がいることが自然なはずなのに、桜木真理子という「あのお方」の真似をする別人格を受け入れてしまうのだ。
そんなに「あのお方」の存在は薄かったのか? 誰にも愛されていなかったのか? その喪失は、それほど些細なことなのか。もし「あのお方」を愛していたのならば、悲しめ、泣け、叫べ、喚け、悔しがれよ! 失ったものを、慈しむ気持ちがあるのならば、なぜ「あのお方」が戻ってくることを信じない? 桜木真理子にしても、なぜ「あのお方」の夫を受け入れるのか。それは自分自身が愛している人なのか? 本当に? 自分の生を、未来を思うのならば、自分自身が愛する人を自分自身の力で探せ。抵抗しろ、その状況に。たとえ、過去に帰ることが無理であっても(ま、無理なんだけれどもね)、自分が選んだわけでもなんでもないのに「そういうフリ」をするのはやめろ。それは自分と、「あのお方」と、夫と、娘に対する欺瞞だ。自分自身が自分で未来をひらくだけの意志を持てよ、ちっとは。なんかとことん消極的で、受け身で、後ろ向きで、自分本意。「あのお方」があまりにも哀れ。うがー、おぞましいよう!
ま、要するに、若かった頃には戻れない、いい年したおじさんの自己憐憫小説というのが「正解」か。そう読めば、確かに辻褄が合んだよねえ。ううう、誤読しちゃったい。少なくとも、17歳の女の子の話じゃないよね。
そこに至るまでの妻の葛藤もきちんと書き込まれている。夫を夫として愛しながら、決して「妻」になれないという矛盾。心は妻なのに、肉体は決して「妻」にはなりえない。所詮借り物の身体であるということが、常に妻の脳裏に張り付いていたから、平介に「する」ことを持ち掛けるシーンは痛い。妻が肉体にあるべき魂を押さえ、「自我」を叫ぶ瞬間。心は愛していると。本来あるべきでない身体に縛り付けられてしまった心の痛みを。痛いのは、妻自身の悲しみと同時に、娘を思う気持ちがあるからでしょう? 私が一番共感してしまったのは、ここだったり(^^;。
こうした葛藤を経て、ついに妻は「娘」になりきることを選ぶから、この物語には感動できるのだ。決してその肉体では「妻」にはなれないことを思い知ったからこそ、妻は「妻」を殺し、夫に対する想いも殺すことを選択する。両方の夫を偽ることであっても、「妻」になれないのに「妻」として夫を縛ることに疲れたからか。「娘」を待ち続けることに疲れたからなのか。そうすることによって、この夫婦は、少なくとも解放はされる。残された時間にちょっと不公平感はあるけどね。勿論、新しい夫を愛してしまったのだとも信じたいなあ(^^;、というか、この展開なら信じられる。妻は、自らの意志と考えで、その道を選んだのだと。ちょっと人選が小説的に安直という気がするのが玉に疵。
で、どこら辺がおぞましかったんだろう? 気になるなあ。
それと、広末涼子と小林薫が歯を磨いているCM、なんか軽い(笑)。うーん、多分見ないけど。
読書系サイトLINK相関図が、お、β版になっている!!(笑) ということで、うちも分析してしまいましょう。
うちのサイトは腕が割と少なくて(うう、鋭い(^^;)、相関関係にあるサイトは月下工房、私立東鳩学園分校No.6、晴耕雨読、銀河通信、書物の帝国、白炭屋の6つ。
と書いてみて思ったんだが、よ、よくできている……、この相関図(^^;。まず、対象がエンターテインメント系ジャンル横断型読書サイト中心だということ。もし、SF系にしてしまったら、書物の帝国が真ん中に来て、線が絡み合ってまっ黒けになるに違いない。なので、当然ジャンル横断型読書サイトを配置した方が面白いし、難しいはず。この配置に行き着くまでには、かなりの試行錯誤があったのではと推測します。お疲れ様です。
で、隣り合っているサイトでも、私があまり見に行かないところにはちゃんと線がないんだもんなあ(^^;。で、見に行くところにはちゃんと線がある! 上記ページは確かにWWWCかわっちりんく(す)でチェックしている。恐れ入ります。
ここにあるところで、他に繋がっていると思うのは、やっぱり未読山脈の片隅よりくらい……、だ(あっちとこっちで同じ事書いてりゃ世話ないですな(^^;)。う、うむー。日記を読みに行くところはあっても、読書的に影響を受けてているというところは、ここにはないかも(あっても、更新が止まっているところとか(^^;。かく言う私は日記しか書いてねえんだよう!)。というわけで、私的には「あの場所」しかないんである。う、うむー。すごすぎ。
まあ、見に行く読書系サイトについては、やっぱり比較的記述が多いところに絞られているなあと思ったです。うーん、やっぱり色々読みたいし(^^;。「面白かった」とか、「感動した」とか、点数だけとかいうサイトは、定期的に読みに行こうという気は起きない、なあ……。うーん。勿論、詳しく書く義務なんてないし、そういうサイトが悪いなんていうことは露ほども思っていないんだけれどもね。どこをどのように読んで面白いと感じたのか、とか、印象に残ったのはどういう所なのかとか、色々と詳しく書かれていた方がやっぱり興味をそそる。というか、興味を引くためにやるんだったら、書くしか!ですな。
本を紹介するのは、抱いた感動を誰かに伝えたいという欲求と、「読んで読んで読んで!」という思いがあるからなんだが、人様に本を手に取らせるだけの感想を自分が書けているのかというと、うむー、打率は低いかもなあ(^^;。MLとかで、昔はよく絡め手を使ったりしたんだけれども、今はそのパワーも落ちぎみだしなあ。相手が全然知らない本を手に取らせようとする努力はしているつもりなんだけれども、まあ、どこの馬の骨とも知れぬ素人だしね、とにかく「気を引く!」ってのが全てじゃないかと<をい(MLではかなり有効でした(笑)。人海戦術が特に)。世間で話題になる前に重松清を読んでくれた人とか、川島誠を読んでくれた人とか、寮美千子を読んでくれた人とかが感想をあげてくれると、うひー、嬉しいよな。
引用文とか、私は入れたがるんだけれども、それは「そのままの文章」を伝えたいからということが一つ。それと、これもやっぱり気を引くためですな。印象が強くて、簡潔に物語全体の雰囲気を表してくれているような個所をさがすのが結構楽しい。読んでいる途中に探して付箋をつけているわけではないっす。読み終わった後にどこだったかな、と開くのがいい。他のサイトでも引用があって、それが既読の本だったりすると「お、ここを取りますか」と面白いしねえ。
できれば、ネタバレ改行は使わずに、読んでいない人にはネタを割らずに、面白さや感動を伝えられて、なお且つ、読んでいる人にだけはは詳しく、どこがどうとわかるものというのがいいんだけれどもなあ。ふむー。
他のサイトの感想では、やっぱり月下と東鳩が最強に「読んでみたいよ! これ(;_;)」と思わせられるです。文章が上手いっていいなあ('-')。含蓄もあるし、適確で且つくどくない。うちは相当くどいもんね。読書量がなし、痛いっす。
あと、面白くない本をはっきりと面白くないと言ってくれているところでないと、やっぱり「しんじてみよう('-';」という気にはならんと思うです。きちんとどこがいいのか誉めて、面白くなければちゃんとどこがどうという風に書いているのが理想。……、だからって貶しているだけではいけませんわよ!>私。ははははは(乾いた笑い)。
更新しよう。え? その前に読め? その通りですm(__)m。
とかいいながら、『チグリスとユーフラテス』をキーワードに、Webをさまよっていたら、超ナイスな『スキップ』感想を見つけてしまいました(;_;)。ふくろうの森99年6月の読書日記。多分これまで読んだ『スキップ』感想では、最も簡潔で適確。意図的ではないと思うんだけれども、まさに言い得て妙! お見事! いや、マジで本当に。そ、その一言で表せるのねと、相当感動した。
嫌味でもなんでもなく、素直に真面目に、言います。
多分、それが、正解。うん。
ちなみに今日付けであがった彦坂さんの感想。ううう、だから最初から中年女性だったんですよ(爆涙)。
……ツカレタ。